2010.10.19 (火)
屋根代わりになる草木さえあれば、家など要らない。
寒さに凍える冬さえなければ、衣服など要らない。
──あるいは、常に燃え盛る焔とともにあれば、やはり衣服など要らない。
毎日実る果実と豊富な貝が漁れる海岸さえあれば、他に食糧も要らない。
──まあ多少は耕したり畜産してもいいけど、でもやりすぎてはいけない。
呪術と祈祷によって健康と和平と家族さえ得られるなら、医者も薬も国家も要らない。
知りたいのは、お金を儲ける方法ではなくて、お金がなくても生き延びる方法なんだけどな。
天下にお金が回れば、経済は良いのだとよ。
ならば回せ回せ、どんどん回せ、目まぐるしく、息切れしても、倒れても、休まず回せ。
お金というのは、ハムスターの回し車みたいなもんだ。そう考えると随分虚しい。
無意味な回転運動。経済の本質は詐術から成っているに違いない。
John Lennon sung:
I’m just sitting here watching the wheels go round and round
I really love to watch them roll
No longer riding on the merry-go-round
I just had to let it go
もっとも、ただひたすら回り続けるものの中には、偉大なものもある。
地球の自転、公転、太陽系の、銀河系の、宇宙の回転運動とか。
もしかしたら時間も、円環を描いていないとは言えまい。
ボルヘスならそう言うだろう、あるいはニーチェの永劫回帰もまた……
Filed under: 雑感 | タグ: 時間, 狂気, 経済
Tail-Lagoon @ 03:53
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2008.06.16 (月)
だいたいイキモノってのは、ただ生き続けるということだけでも、ものすごくタイヘンなことなのであり、生きている間、生き延びるために生きてゆくことに必死だ。この「必死」という字、「必ず死ぬ」って書くくらいだから、まずたいがいは死んでしまうものなのだ。生き延びるということは、それほどすばらしい幸運に恵まれない限り困難なことであり、だからこそイキモノにとって、生存する以外のことはすべて些事でしかない。
ところが、ヒトというイキモノの、それもセンシンコクなどと呼ばれるところに住んでいる連中となると、そこでは高齢化社会なんてことになっていて、もはや長生きすることはアタリマエで当然なことになってしまっているのだ。
つまりセンシンコクのヒトというイキモノの大部分の個体にとっては、相当歳をとらないかぎりは、生き延びることは必死でもなんでもなく、些事にしかすぎなくなっているのだ。オイシイとかタノシイとかキレイとかカイテキなんてことが生きる上で恐ろしく重要な比重を占め、とにかくただただ生き延びるなんてのは、限りなく退屈で無意味な人生ということになってしまった!
もしも、ただ生き延びるというそれだけのことが、他のイキモノ同様にとんでもなく困難なことだったとしたら、きっとそれ以外のことを考える余裕なんてなくなるだろうし、そもそもボクも、こんなこと書いてる余裕なんて全然なくなるはずなのだ。
とはいっても、正直10年後に自分が生き延びていられる自信なんて、今はまったくないんだけどね。
Filed under: other | タグ: Kipple, 狂気
Tail-Lagoon @ 19:29
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