2007/04/13(金)
「フーコーはひと目見たら忘れられないスキンヘッドの哲学者だ。思想家には欠かせない「頭」そのものが存在と化したような風貌の人だった。もともと若い頃から髪の毛は少なかったようなのだけれど、あるとき托鉢僧のように頭を剃り上げることを決意して実行した。以来自分は毛髪の問題から自由になったのだと本人は述べているから、意志と決断によって自由を手に入れるタイプの人だったのだ。鋭い思考と強い意志とを一致させることで自己を統治すること、フーコーの風貌はそのような哲学者としての思考する主体のあり方が作り出した思想家のアイコンなのだ。あなたが、フーコーのスキンヘッドにある種のかっこ良さを感じるとすれば、それはそのような哲学者のハビトゥス(身の処し方)を感じとっているからだろう。」
( 『フーコー・ガイドブック』「序 フーコーを読むために」石田英敬
/ 小林康夫・石田英敬・松浦寿輝 編)
カテゴリー: Short Quote | タグ: フーコー, 自由
Tail-Lagoon @ 03:49
|
PageUp
2005/08/07(日)
「フーコーは、図書館と書物の比喩が特に好きだったようである。多くの書物が並んでいる図書館は、フーコーにとっては人間の幻想が棲息する濃密な場所のように見えたらしい。『空想的なものは、書物とランプの間に棲まう。幻想的なものはもはや心の中に宿るのではなく、自然の突飛な出来事の中にあるのでもない。それは知の正確さの中から汲みあげられてくるのであり、その富は文書の中で読まれるのを待っているのである。夢みるためには眼を閉じていてはならない。読むことである』。フーコーにとって〈読むこと〉は、自分の幻想を羽ばたかせ、人々の幻想を解読する営みだった。」
(『フーコー入門』中山元)
カテゴリー: Short Quote | タグ: フーコー, 図書館
Tail-Lagoon @ 02:54
|
PageUp