2009/12/23(水)
アルゴスと私は別々の宇宙に属している、知覚は同じなのだが、アルゴスは知覚したものを違った風に結び合わせ、それによってべつの物体を作り出している。いや、彼にとっては物体といえるようなものは存在しない、あるのは瞬間的な印象の連続的で目くるめくような組合せだけなのだと考えた。記憶も時間もない世界を思い浮かべ、名詞をもたない言語、非人称動詞、あるいは不変化の形容詞からなる言語の可能性を考えた。そうしているうちに日がたち、年月がたっていった。
(『エル・アレフ』「不死の人」 ボルヘス 木村榮一 訳)
I reflected that Argos and I lived our lives in separate universes; I reflected that our perceptions were identical but that Argos combined them differently than I, constructed from them different objects; I reflected that perhaps for him there were no objects, but rather a constant, dizzying play of swift impressions. I imagined a world without memory, without time; I toyed with the possibility of a language that had no nouns, a language of impersonal verbs or indeclinable adjectives. In these reflections many days went by, and with the days, years.
(THE IMMORTAL by Jorge Luis Borges. Translated by Andrew Hurley.)
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Tail-Lagoon @ 23:40
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2009/01/22(木)
少し薄暗い図書館の中。書物の圧倒的な量塊が、ひっそりと息づいている。この空間が好きだ。「図書館──または宇宙」とはボルヘスの『バベルの図書館』。
人間が、長い年月かけて、残してきた言葉の集積。整然と並んだ本棚の間をぼんやりと歩いていると、迷宮に彷徨い込んだような気になる。書架の反復が、空間を無個性にし、こことそこの区別を失わせるのだ。ある書架の前を通り過ぎると、また別の書架が現れる。その繰り返し。迷宮の本質は無限の反復である。
ボルヘスを代表に、図書館と迷宮は我々の想像力の中で親和的に連結する。そういえば、エーコの『薔薇の名前』の書庫も迷宮だった。
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Tail-Lagoon @ 17:44
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2008/01/18(金)
「もはや、われわれには引用しかないのです。言語とは、引用のシステムにほかなりません。」
(『砂の本』「疲れた男のユートピア」ボルヘス 篠田一士 訳)
There is nothing but quotations left for us. Our language is a system of quotations.
( A WEARY MAN’S UTOPIA by Jorge Luis Borges. Translated by Andrew Hurley.)
「きみにはこんな経験がないかね? 何かを考えたり書こうとしたりするとすぐに、それについて最適な言葉を記した誰かの書物が頭に思い浮かぶのだ。しかしいかんせん、うろ覚えではっきりとは思い出せない。確認する必要が生じる──そう、本当に素晴らしい言葉なら、正確に引用しなければならないからな。そこで、その本を探して書棚を漁り、なければ図書館に足を運び、それでも駄目なら書店を梯子したりする。そうやって苦労して見つけた本を繙き、該当箇所を確認するだけのつもりが、読み始め、思わずのめりこんでゆく。そしてようやく読み終えた頃には既に、最初に考えていた、あるいは書きつけようとしていた何かのことなど、もはやどうでもよくなっているか、すっかり忘れてしまっているのだ。しかもその書物を読んだことによって、また別の気がかりが始まったことに気付く。だがそれも当然だろう、本を一冊読むためには、それなりの時間と思考を必要とするものなのだから。ある程度時間が経てば、興味の対象がどんどん変化し移り変わってもおかしくあるまい? だがね、そうやってわれわれは人生の時間を失ってしまうものなのだよ。移り気な思考は、結局、何も考えなかったことに等しいのだ」
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Tail-Lagoon @ 00:00
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2007/06/23(土)
子供の頃、私はこうした醜怪さをそのまま受け入れていた。すなわち、共存しているというだけの理由で、世界と呼ばれる許容しがたいものを受け入れるのと事情は同じだった。
(『砂の本』「人知の思い及ばぬこと」ボルヘス 篠田一士 訳)
As a boy, I accepted those facts of ugliness as one accepts all those incompatible things that only by reason of there coexistence are called "the universe."
(THERE ARE MORE THINGS by Jorge Luis Borges. Translated by Andrew Hurley.)
一つのものを見るということは、それを理解するということだ。肘掛椅子は、人間の体を、その関節と四肢とを想定する。鋏は、切るという動作を想定する。ランプ、あるいは、乗り物についてはどうか? 未開人は伝道者の聖書を体得できぬ。船客は、水夫と同じ索具を見るわけではない。もしわれわれに本当に世界が見えれば、おそらくそれを理解できるだろう。
(『砂の本』「人知の思い及ばぬこと」ボルヘス 篠田一士 訳)
In order truly to see a thing, one must first understand it. An armchair implies the human body, its joints and members; scissors, the act of cutting. What can be told from a lamp, or an automobile? The savage cannot really perceive the missionary's Bible; the passenger does not see the same ship's rigging as the crew. If we truly saw the universe, perhaps we would understand it.
(THERE ARE MORE THINGS by Jorge Luis Borges. Translated by Andrew Hurley.)
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Tail-Lagoon @ 20:06
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