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ムウサ(詩歌女神:ミューズ)の言葉

私たちは たくさんの真実に似た虚偽(いつわり)を話すことができます
けれども 私たちは その気になれば 真実を宣べることもできるのです

『神統記』 ヘシオドス 廣川洋一 訳)

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脳内可視化装置 »

書物とは、他者の頭の中を覗く装置のことだ。通常、他人の頭の中は眼では見えない。それを、言語と文字を利用して可視化したのが、書物である。読書という行為は、書物という装置を使って、著者の脳内に潜航することなのだ。

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一冊の書物のように自由な選択 »

『ONE』バック/集英社文庫
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パイの台詞より

「選択はまったく自由なの。一冊の書物のようなものよ。どの出来事もひとつの言葉、ひとつの文章、果てしない物語のなかの一節なの。どの文字も、それが記されたページに永遠に残るの。なにを読み、なにを読まずにすませるか、選択をくりかえしながら変わっていくのは、意識のほうなのよ。」

『ONE』 リチャード・バック 平尾圭吾 訳)

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本の二通りの読み方 »

『記号と事件 1972-1990年の対話』ドゥルーズ/河出書房新社『記号と事件 1972-1990年の対話』ドゥルーズ/河出文庫
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「一冊の本を読むには二通りの読み方がある。ひとつは本を箱のようなものと考え、箱だから内部があると思い込む立場。これだとどうしても本のシニフィエをさがしに行くことになる。この場合、読み手がよこしまな心をもっていたり、堕落していたとしたら、シニフィアンの探求に乗り出すことになるだろう。そして次の本は最初の本に含まれた箱になったり、逆に最初の本を含む箱になったりするだろう。こうして注解がおこなわれ、解釈がほどこされ、説明を求めて本についての本を書き、それが際限なく続けられるわけだ。もうひとつの読み方では、本を小型の非意味形成機械と考える。そこで問題になるのは「これは機械だろうか? 機械ならどんなふうに機能するのだろうか?」、そう問うことだけだろう。読み手にとってどう機能するのか? もし機能しないならば、もし何も伝わってこないならば、別の本にとりかかればいい。こうした異種の読書法は強度にしたがう読み方だ。つまり何かが伝わるか、伝わらないかということが問題になる。説明すべきことは何もないし、理解することも、解釈することもありはしない。これは電源に接続するような読み方だと考えていい。」

(『記号と事件』「口さがない批評家への手紙」ドゥルーズ 宮林寛 訳)

 

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