ディックの狂気 »

『火星のタイム・スリップ』P・K・ディック/ハヤカワ文庫
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狂気というのは、ひとつの才能である。人は誰でも望んで狂気を手に入れられるわけではない。狂気を望んだところで、狂気はやってこない(例えば、アンドレ・ブルトン)。狂気は人を選ぶ。狂気は、狂気に選ばれた人間だけが持つことができるのだ。

P・K・ディックは天才だ。『火星のタイム・スリップ』を最初に読んだのがいつだったか? 時期も(もしかしたら20年ほども前のことかもしれない)内容も覚えていない。ただ、何か黒ずんだ不安な雰囲気だけが、漠然と痕に残り続けた。今、再読して、改めてこの小説の恐ろしさがわかった気がする(そして日野啓三との近しさも)。20年近くかけて、ぼくは漸く、ほんの少しだけ、狂気の側に近づくことができたのかもしれない。

Tail-Lagoon @ 23:59   |   PageUp

胡桃の中の無限の王国 »

O God, I could be bounded in a nut shell and count myself a king of infinite space, were it not that I have bad dreams.

(http://shakespeare.mit.edu/hamlet/hamlet.2.2.html)

なにを言う! このハムレット、たとえ胡桃の殻のなかに閉じこめられていようとも、無限の天地を領する王者のつもりになれる男だ。悪い夢さえ見なければな。

福田恆存 訳

なにを言う、このおれはたとえクルミの殻に閉じこめられようと、無限の宇宙を支配する王者と思いこめる男だ、悪い夢さえ見なければ。

小田島雄志 訳

(『ハムレット』第2幕第2場 ハムレットの台詞)

ところで、胡桃は人間の脳髄と形状が似ている(16世紀のエピステーメー「相似」により、胡桃は頭部の治療に用いられたと、フーコーが報告している)。ぼくらは脳という胡桃の小さな殻の中に閉じ込めれているが、しかしこの胡桃はまた無限の宇宙をも内包しているのだ。

ついでに書いておけば、ハムレットのこの台詞は、”To be, or not to be…” 同様に、かなり有名なものらしく、様々なところで引用されているのを見かけた気がする。正確なところは全く覚えていないのだが……。

Tail-Lagoon @ 23:23   |   PageUp

ローマ皇帝 »

ローマ皇帝の狂気を題材にした文学作品を、ぼくは今のところ三つだけ知っている。そしてその三つとも、それぞれに特異で、重要な作品だと思う。

補足

  • カリグラ:12 – 41。在位 37 – 41。
  • ヘリオガバルス:203 – 222。在位 218 – 222。
  • ユリアヌス:332 – 363。在位 361 – 363。

もちろん、文学作品は史実に忠実である必要などない。実際、これらの作品がどこまで史実と合っているのか、あるいは食い違っているのかということを、ぼくは知らないし、知ったとしても気にはしない。(更に言えば、<史実>なるものもまた、それほど信用できるものではないとも考えている。歴史なんて、案外あやふやなものに違いない。その場に行って自分の目で見てきたのでもない限り、そうそう鵜呑みにはできないよ)

Tail-Lagoon @ 02:43   |   PageUp

アイザックの夢──言葉を伴わない、宇宙に似た活動 »

『無限記憶』ウィルスン/東京創元社
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 頭のなかにあることが、言葉を伴わない形状や色、質感と化す夢のなかであれば、アイザックはそのものの正体をよく理解できるのだった。
 夢のなかで、惑星や生物はとりとめのない思考のように姿を現わし、無視されるか記憶にとどまるかしたあと、思考と同じように展開していった。眠っている彼の心は、宇宙に似た活動をしていたのだが──ほかにどんな活動ができよう?

『無限記憶』 R・C・ウィルスン 茂木健 訳)

Tail-Lagoon @ 23:15   |   PageUp

フィクション »

ムウサ(詩歌女神:ミューズ)の言葉

私たちは たくさんの真実に似た虚偽(いつわり)を話すことができます
けれども 私たちは その気になれば 真実を宣べることもできるのです

『神統記』 ヘシオドス 廣川洋一 訳)

Tail-Lagoon @ 00:00   |   PageUp

スラデックのユーモア──ガリレオとダーウィン »

『蒸気駆動の少年』スラデック/河出書房新社
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 もちろん、古くからの誤った認識を捨て去って、新しい考えを受けいれるのは、決して容易ではない。ガリレオがピサの斜塔は振り子であることを証明したとき、科学者たちは彼を痛烈に非難した。人類の祖先はビーグル犬だというダーウィンの革命的な新説にも、科学者たちは嘲笑を浴びせた。エディソンの電球のアイデアを聞いて、彼らは抱腹絶倒した。はるかに時代の先を行く輝かしい着想は、つねにそんな仕打ちを受ける運命なのである。

『蒸気駆動の少年』「神々の宇宙靴──考古学はくつがえされた」
スラデック 柳下毅一郎 編 浅倉久志 訳)

Tail-Lagoon @ 19:12   |   PageUp

アダム・ポロの計画 »

 例えば、僕は灰色の背広の上下に黒い腕章をつけて、喪に服したっていい。僕が通りを歩いて行くと、人々は僕が誰か家族の一人を、誰か近しい者、親戚か母親を失くしたのだと思うだろう。僕はあらゆる埋葬について行き、儀式が終ると、僕の手を握る人たちがあり、また、声を落してお悔みの文句を呟きながら、僕に接吻する人たちがあるだろう。こうして、僕の最大の関心事は新聞の死亡通知欄を読むことになるだろう。僕はあらゆる葬式に、盛大なのにも貧しいのにも、参列するのだ。そして僕は少しずつ埋葬生活に慣れて行く。僕はどんな文句を言ったら良いのかを覚え、眼を伏せたりごく静かに歩いたりするやり方を覚えることだろう。

 僕は好んで墓地に出かけ、喜んで死者たちの額に触れるだろう。蒼ざめて張りを失った眼、空ろな顎に。平らな大理石に。そして葬いの花環の中心の、石膏の菫にからみ合うリボンの上に書かれたことを読むのだ。

『調書』ル・クレジオ 豊崎光一 訳)

Tail-Lagoon @ 01:56   |   PageUp

歴史の作り方 »

「問題の要点は、現場に居合わせた一人一人がみんな、この話は作り話だと知っていながら、しかも、それを否定していない、ということだ。今となってはもうとり返しがつかん。この話は嘘だと知っている連中が黙って見ているあいだに、そのまったくの嘘っぱちが伝説になるまでにふくれ上がってしまったんだ」
「そうですね。じつに面白い、じつに。歴史はこうして作られるんですね」
「そうだ。歴史はね」

『時の娘』 ジョセフィン・テイ 小泉喜美子 訳)

歴史は、それを記述させた誰か(大概において記述した誰かではなく)にとって都合の良い記録。

Tail-Lagoon @ 00:00   |   PageUp

図書館と迷宮 »

 少し薄暗い図書館の中。書物の圧倒的な量塊が、ひっそりと息づいている。この空間が好きだ。「図書館──または宇宙」とはボルヘスの『バベルの図書館』
 人間が、長い年月かけて、残してきた言葉の集積。整然と並んだ本棚の間をぼんやりと歩いていると、迷宮に彷徨い込んだような気になる。書架の反復が、空間を無個性にし、こことそこの区別を失わせるのだ。ある書架の前を通り過ぎると、また別の書架が現れる。その繰り返し。迷宮の本質は無限の反復である。
 ボルヘスを代表に、図書館と迷宮は我々の想像力の中で親和的に連結する。そういえば、エーコの『薔薇の名前』の書庫も迷宮だった。

Tail-Lagoon @ 17:44   |   PageUp

見えない人々 »

幽霊、あるいは透明人間のように、見えない人間。他人の家に、町に、誰にも気づかれず生きている。

「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」 キャロル・エムシュウィラー

「ゾイドたちの愛」 ジョン・スラデック

「キップをなくして」 池澤夏樹

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