2008/11/10(月)
例えばピンセットで、あなたを構成する原子を一個ずつむしり取っていったら、あなたの前には、一度も生きたことがないのにかつてはあなたの一部だった原子の塵の山ができるだろう。
(『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン 楡井浩一 訳)
還元主義に対する疑問。
塵の山から原子を、またひとつずつ組み合わせていったら、もとのあなたに戻るのだろうか。また、戻ったとして、いったい組み立て作業のどの時点から、あなたはあなたの意識を取り戻すのだろうか。
カテゴリー: Short Quote | タグ: 原子, 還元主義
Tail-Lagoon @ 08:15
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2008/07/07(月)
理性の忌避と不信にもやはりアル・ガザーリー(1111年没)という理論家がいた。彼は、人間の行う推論によっては進学上のもろもろの真理を発見するのは不可能だということを、アリストテレス論理学を用いて論証した。彼の著『哲学の破壊』は、その題名が示すように、真理に達する道としての論理の価値をはっきり否定するものであった。
カテゴリー: Short Quote | タグ: Paradox
Tail-Lagoon @ 10:34
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2008/06/05(木)
神々の性質および、神々間または神々と人間との関係に関する基本的な過程を容認するならば、この神学体系はそれ自体すべてのことに説明を与える。おこる可能性があるすべての事象に関する出来合いの説明が用意されている。予兆や予告がある災害を告げて、それがおこらなかったならば、神官たちのとった予防措置が効果を発揮した、ということになる。またもし災害が予告なしに訪れたとしたら、それは神が人間にあらかじめ知らせまいとしたからである。
カテゴリー: Short Quote | タグ: 歴史
Tail-Lagoon @ 11:00
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ときおり、ここにはだれが住んでたっておなじだという気がすることがある。中が散らかってるという意味じゃない。おれはいくらかロボット的だが熟練したハウスキーパーだから、ポスターの額のてっぺんやなにかまできちんと埃をはらうことを忘れない。だが、ときおり、この部屋と、基本的消費財の基本的集積を見て、軽いさむけを感じる。つまり、べつに猫とか、鉢植えとか、なんだかんだをそこに置きたいってわけじゃないが、ここに住んでる人間はだれだっていいし、こんな品物を持ってる人間もだれだっていい、というような気になる瞬間がある。おれの人生ときみの人生、おれの人生とだれかの人生、なにもかもが互換可能だ、と。
(『クローム襲撃』「冬のマーケット」ウィリアム・ギブスン 朝倉久志 訳)
カテゴリー: Short Quote | タグ: ギブスン
Tail-Lagoon @ 10:36
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2008/05/05(月)
プロスペロー「われわれ人間は夢と同じもので織りなされている、はかない一生の仕上げをするのは眠りなのだ。」
(『テンペスト』シェイクスピア 小田島雄志 訳)
PROSPERO "We are such stuff as dreams are made on, and our little life is rounded with a sleep."
The Tempest by William Shakespeare
(shakespeare.mit.edu/tempest)
カテゴリー: Short Quote | タグ: シェイクスピア
Tail-Lagoon @ 23:10
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2008/01/18(金)
「もはや、われわれには引用しかないのです。言語とは、引用のシステムにほかなりません。」
(『砂の本』「疲れた男のユートピア」ボルヘス 篠田一士 訳)
There is nothing but quotations left for us. Our language is a system of quotations.
( A WEARY MAN’S UTOPIA by Jorge Luis Borges. Translated by Andrew Hurley.)
「きみにはこんな経験がないかね? 何かを考えたり書こうとしたりするとすぐに、それについて最適な言葉を記した誰かの書物が頭に思い浮かぶのだ。しかしいかんせん、うろ覚えではっきりとは思い出せない。確認する必要が生じる──そう、本当に素晴らしい言葉なら、正確に引用しなければならないからな。そこで、その本を探して書棚を漁り、なければ図書館に足を運び、それでも駄目なら書店を梯子したりする。そうやって苦労して見つけた本を繙き、該当箇所を確認するだけのつもりが、読み始め、思わずのめりこんでゆく。そしてようやく読み終えた頃には既に、最初に考えていた、あるいは書きつけようとしていた何かのことなど、もはやどうでもよくなっているか、すっかり忘れてしまっているのだ。しかもその書物を読んだことによって、また別の気がかりが始まったことに気付く。だがそれも当然だろう、本を一冊読むためには、それなりの時間と思考を必要とするものなのだから。ある程度時間が経てば、興味の対象がどんどん変化し移り変わってもおかしくあるまい? だがね、そうやってわれわれは人生の時間を失ってしまうものなのだよ。移り気な思考は、結局、何も考えなかったことに等しいのだ」
カテゴリー: Short Quote | タグ: ボルヘス, 読書
Tail-Lagoon @ 00:00
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2008/01/09(水)
あらゆる解釈は神話を貧しくさせ、窒息させてしまうことを私は知っています。神話に対しては急いではなりません。記憶のなかに蓄えておき、その細部について隅々までじっと思いをめぐらし、そのイメージによる言語から逸脱することなしにそれを検討してみなければなりません。神話から私たちが引き出すことのできる教訓は物語の即語性(レッテラリタ:逐語的に、各語の意味どおりに読むこと)にあるのであって、私たちが外からそれにつけ加えることにあるのではないのです。
(『カルヴィーノの文学講義──新たな千年紀のための六つのメモ』
「軽さ」の章より。米川良夫訳)
カテゴリー: Short Quote | タグ: カルヴィーノ, 神話
Tail-Lagoon @ 02:51
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2007/04/26(木)
「網というものを定義するとして、視点の取り方で定義の仕方には二通りある。普通には、魚をとるために糸などを編んで作った道具というところだろう。しかし、さほど論理を歪曲することにはならないはずだが、このイメージをひっくりかえし、ある愉快な辞書に書いてあるような定義も可能である。その辞書によると、網とは糸などで連結されたたくさんの穴の集合体だというのである。」
(『フロベールの鸚鵡』 ジュリアン・バーンズ 斎藤昌三 訳)(強調はTL)
なるほど、愉快な解釈。それにしても、この「愉快な辞書」というのはなんだろう? 気になる。
カテゴリー: Short Quote | タグ: バーンズ
Tail-Lagoon @ 15:18
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「ヴィリエ・ド・リラダンという人は、絶えず金に困っている割にはひどく現実的なところがあって、たんまり遺産を相続するはずの女性をものにしようというのでイギリスに渡ってきた。目的達成のためにパリの結婚仲買業者が、毛皮の外套、目覚ましつきの懐中時計、新しい入れ歯一式を支度してくれたが、その代金は遺産つき女性の持参金が入り次第、支払うことになっていた。ところが、万事に途中でつまずくのが常習のヴィリエは、今度も求愛作戦でへまをやらかした。遺産つき女性には肘鉄をくらうし、結婚仲買人には外套と時計を返せと迫られるしで、哀れ、ふられっぱなしの求婚者は、口のなかは入れ歯でいっぱい、懐のなかには一文もなしで、ロンドンをさまよう身になったのである。」
(『フロベールの鸚鵡』 ジュリアン・バーンズ 斎藤昌三 訳)
かの奇作『未来のイヴ』の作者が、こんなトンマだったとはね。だが却って親近感が湧くというものだ。むしろ作品よりも実生活のほうが面白いと言ったら、さすがに作家に対する冒涜となってしまうだろうが、作品は作品である種の古典的価値を既に得ているのだから、作家についてもこういうオマケのエピソードがあるなら、それはそれでいいじゃないか。
それにしても「結婚仲買業者」とはどういうものか? 「仲介」ではなくて「仲買」なのだ。2箇所も使用されているのだからまさか誤植というわけではないだろう。つまり、結婚を商品のように売買するブローカーがいたってことか?
カテゴリー: Short Quote | タグ: バーンズ, リラダン
Tail-Lagoon @ 15:00
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2007/04/13(金)
「フーコーはひと目見たら忘れられないスキンヘッドの哲学者だ。思想家には欠かせない「頭」そのものが存在と化したような風貌の人だった。もともと若い頃から髪の毛は少なかったようなのだけれど、あるとき托鉢僧のように頭を剃り上げることを決意して実行した。以来自分は毛髪の問題から自由になったのだと本人は述べているから、意志と決断によって自由を手に入れるタイプの人だったのだ。鋭い思考と強い意志とを一致させることで自己を統治すること、フーコーの風貌はそのような哲学者としての思考する主体のあり方が作り出した思想家のアイコンなのだ。あなたが、フーコーのスキンヘッドにある種のかっこ良さを感じるとすれば、それはそのような哲学者のハビトゥス(身の処し方)を感じとっているからだろう。」
( 『フーコー・ガイドブック』「序 フーコーを読むために」石田英敬
/ 小林康夫・石田英敬・松浦寿輝 編)
カテゴリー: Short Quote | タグ: フーコー, 自由
Tail-Lagoon @ 03:49
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2007/04/04(水)
「一冊の本を読むには二通りの読み方がある。ひとつは本を箱のようなものと考え、箱だから内部があると思い込む立場。これだとどうしても本のシニフィエをさがしに行くことになる。この場合、読み手がよこしまな心をもっていたり、堕落していたとしたら、シニフィアンの探求に乗り出すことになるだろう。そして次の本は最初の本に含まれた箱になったり、逆に最初の本を含む箱になったりするだろう。こうして注解がおこなわれ、解釈がほどこされ、説明を求めて本についての本を書き、それが際限なく続けられるわけだ。もうひとつの読み方では、本を小型の非意味形成機械と考える。そこで問題になるのは「これは機械だろうか? 機械ならどんなふうに機能するのだろうか?」、そう問うことだけだろう。読み手にとってどう機能するのか? もし機能しないならば、もし何も伝わってこないならば、別の本にとりかかればいい。こうした異種の読書法は強度にしたがう読み方だ。つまり何かが伝わるか、伝わらないかということが問題になる。説明すべきことは何もないし、理解することも、解釈することもありはしない。これは電源に接続するような読み方だと考えていい。」
(『記号と事件』「口さがない批評家への手紙」ドゥルーズ 宮林寛 訳)
カテゴリー: Short Quote | タグ: ドゥルーズ
Tail-Lagoon @ 00:21
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2007/03/03(土)
「ひとたび注目されてから、この机はずっと精神を引きつけてきた。何か分らないが、この机はおそらくずっと自分自身の関心事さえやり続けてきたのだ……。驚くべきことに、この机は単純ではないが、かといってそれほど複雑でもなかった。つまり始めから複雑だったり、意図的に、あるいは計画的に複雑であったりしたわけではない。むしろ、加工されていくにつれて、この机は単純でなくなってきたのだ……。この机はそれ自身としては、いくつもの付加物のある机であった。ちょうど、分裂症者の描くデッサンが詰め込み過ぎといわれるように。この机が完成するとすれば、それはもう何もつけ加えるてだてがなくなったときである。この机にはだんだんいろんなものが積み重ねられ、それはますます机でないものになっていった……。この机は、机として用いるには、また机から期待される何かには、まったく適さないものとなった。重くてかさばり、ほとんど運ぶのが難しかった。この机をどう扱ったらいいのか、誰も分らなくなっていた(気持ちのうえでも、手をつけるにしても)。平たい板、つまり机の普段使う部分は、かさばる骨組みとはだんだん関係がなくなって減少し、消滅してゆき、机という全体はもはや考えられなかった。それは例外的な家具のようなもの、誰も何の役に立つのか分らない未知の道具のようなものだった。これは人間と無関係の机で、ちっとも快適でなく、ブルジョワ風でも、民芸風でも、田園風でもなく、料理用でも、作業用でもなかった。それは何ごとにも役立たず、用途やコミュニケーションを拒否し、堅く身を守っていた。この机には、何か愕然とし、石化したようなものがある。それは、故障したモーターを思わせたかもしれない。」
(アンリ・ミショー『精神の大試練』
──ドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』宇野邦一訳からの孫引き)
カテゴリー: Short Quote | タグ: ドゥルーズ
Tail-Lagoon @ 21:06
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- 長めの作品にとりかかろうとする者は、くつろいだ気分で生活を楽しみ、一定のノルマをこなしたあとは、仕事の続行を妨げないことなら何でも、好きなように行うがよい。
- これまでやったことについて、人に話したければ話してもよい。だが、仕事がまだ進行しているあいだに、その一部を朗読して聞かせてはならない。それによって得られるどんな満足感も、君のテンポを遅らせてしまうのだ。この食餌療法を守れば、語り伝えたいという願望がしだいにつのってきて、それが最終的に、完成への推進力となる。
- 仕事をする状態に身を置いたら、日常生活の中庸といったものからは逃れるように努めよ。つまらぬ雑音をともなった、中途半端な静けさは、品位を貶める。それに対し、練習曲とか、がやがやした人声が伴奏であれば、それは夜の、耳に聞こえる無言(しじま)とまったく同様に、仕事にとって意味深いものになりうる。後者の伴奏、つまり夜の無言が、内面の耳を鋭敏にすつとすれば、前者の伴奏は、語り口の試金石となる。つまり、豊かな語り口は、常軌を逸した騒音さえも、自分のなかに埋めこんでしまうのだ。
- 手仕事の道具に無頓着であってはならない。特定の紙、ペン、インクに、うるさいほどこだわるのは有益である。贅沢をせよというのではないが、こうした用具が豊富に揃っていることは不可欠だ。
- いかなる考えも、匿名のまま通過させてしまってはならない。メモ帳への記入は、役所が外国人登録簿をつけるときと同じように、厳しくやること。
- 霊感に対しては、君の筆にそっけない態度を取らせるがよい。そうすれば筆は磁石のような力で、霊感を自分のほうへ引き寄せるだろう。思いつきを書きとめることを、君が慎重にためらえばためらうほど、思いつきはそれだけ成熟した展開を示して、君に身を委ねるだろう。話すことは考えを征服するが、文字は考えを支配する。
- もう何も思いつかないからというので、書くのをやめてしまっては絶対にいけない。何かの期限(食事の時間、人との約束)を守らなければならないとき、あるいは作品が完成したときだけ中断すること、それは文学の誇りが命ずる掟のひとつである。
- 霊感が途切れたら、その間にできあがったものを清書するがよい。直感はそのうちに目覚めてくるだろう。
- ひと筆もなき一日があってはならぬ(ヌーラ・デイエース・スイネ・リーネアー(*))──とはいえ、そんな数週間はあってよい。
- 夕方から翌朝、日が高くなるまでかかりきりになっていたことが一度もないような作品を、決して完璧だと見なしてはならぬ。
- 作品の結末は、いつもの仕事部屋で執筆してはいけない。そこでは、結末を書く勇気が出ないだろう。
- 著述の諸段階──考え、文体、文字。浄書という固定行為においては、注意力がもはや、文字の美しさだけに向けられる。これが浄書の意味である。考えが霊感を殺し、文体が考えを束縛し、文字が文体に報酬を支払う。
- 作品は、構想のデスマスクである。
(『一方通行路』「張り紙禁止!」ベンヤミン 浅井健二郎 編約 久保哲司 訳)
カテゴリー: Short Quote | タグ: ベンヤミン
Tail-Lagoon @ 20:42
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2005/08/07(日)
「フーコーは、図書館と書物の比喩が特に好きだったようである。多くの書物が並んでいる図書館は、フーコーにとっては人間の幻想が棲息する濃密な場所のように見えたらしい。『空想的なものは、書物とランプの間に棲まう。幻想的なものはもはや心の中に宿るのではなく、自然の突飛な出来事の中にあるのでもない。それは知の正確さの中から汲みあげられてくるのであり、その富は文書の中で読まれるのを待っているのである。夢みるためには眼を閉じていてはならない。読むことである』。フーコーにとって〈読むこと〉は、自分の幻想を羽ばたかせ、人々の幻想を解読する営みだった。」
(『フーコー入門』中山元)
カテゴリー: Short Quote | タグ: フーコー, 図書館
Tail-Lagoon @ 02:54
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2002/08/20(火)
ベルボを憤慨させる唯一のものは、他人の取り乱した態度で、それに対する返礼の意味をこめた彼の取り乱した態度は、あくまでも店の中だけに限られた内輪喧嘩のようなものにすぎなかった。まず唇を固く結んで天を仰ぎ、それからうなだれて首を左にかしげ、最後に穏やかな口調で「シュッポンタップ」と呟く。相手がそのピエモンテの表現を知らない場合には説明することもあった。「シュッポンタップというのは、栓を抜きなさい、という意味で、腫れあがった人間に対して使うんですよ。こういう状態では、お尻に詰めてある栓に異常な圧力がかかっていてどうしようもないですからね、そいつを抜いてやるのです。プシューッ! これで正常な人間の状態に戻れるというわけです」
(『フーコーの振り子』 ウンベルト・エーコ 藤村昌昭 訳)
世の中には脹れあがらざるをえなくなる事態が多すぎる。だからこの魔法の言葉「シュッポンタップ」と呟いて、いつでも「正常な人間の状態」に戻れるようにしておかなければ。
カテゴリー: Short Quote | タグ: エーコ
Tail-Lagoon @ 00:00
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