2008/06/01(日)
投稿(post)ではなく、固定ページ(page)として、「日野啓三 著作リスト」を追加しました。これは、http://www.tail-lagoon.com/table/keizo_hino.php で掲載していた情報からの転載・修正版ですが、表紙画像が追加されています。今後はこの新規ページの方で、表紙画像や備考欄などをもっと充実させてゆきたいと考えています。といっても、それほど頻繁に更新はできないでしょうが……。
以上、新規ページ追加の告知記事でした。
Tail-Lagoon @ 23:29
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2008/04/14(月)
書物とは、他人の頭の中を覗く装置のことだ。通常、他人の頭の中は眼では見えない。それを、言語と文字を利用して可視化したのが、書物である。
Tail-Lagoon @ 00:00
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2008/04/08(火)
雑誌『風の旅人』の前号と最新号から、自分が共通して関心を持った箇所を抜き書きしておく。人が生きていき、世界(自然・宇宙)と対峙する時の、その態度を表す様として、いずれも重要なことを言っていると思えるから。
人生は矛盾に満ちている。すべての人間は例外なく死ぬ。その死ぬことが分かっていながら、なぜ人は生きようとするのか。(中略)そして得た私なりの武術の定義の一つが「武術は矛盾を矛盾のまま矛盾なく取り扱うこと」だった。
(「運命の二重性」甲野善紀 『風の旅人』30号より)
武術に限らず、これは人生と世界を受け入れ、肯定するための、最も大切な基本的態度だと思う。ただそれを達成することはなかなか難しい。甲野氏は武道家であるゆえに、武術によってこそ達成しようとしているのだろう。そしてもちろん、人によってやり方は様だ。以下の引用においてそれぞれの執筆者が各様に書いていることも、その根本には共通の思想が底流していると、ぼくには思われる。
迦微(かみ)が嫌いだからといって、これを放り出して生きていくことはできない。迦微の助力を得ること、それを喜ばし、心穏やかにさせることは、私たちの生活に最も深く強いられたことだ、そういう思想が宣長にある。
(「物の道徳」前田英樹 『風の旅人』31号より)
(イエスの復活を捏造し信じたことによって)人間を上回る神の大きさ、つまり人間の思考を超えて矛盾をものともせずに自在に生きる神の大きさ、この宇宙の矛盾に満ちた生と重なる神の大きさに目覚める機会を失ってしまったのだ。(中略)復活が語られ信じられていくなかで、イエスの死も、神の存在も、話に辻つまをつける人間の論理的な思考のなかに収められてしまった、人間のスケールに合わされてしまったということである。
(「歴史との相克」酒井健 『風の旅人』31号より)
陸地はまだいい、陸地は想像可能なのだ、とルクレジオはいう。ところがヨーロッパ的想像力には、海を思い描くことができなかったのだと。(中略)あらかじめ忘却され排除された半分に、つねに最新の注意を払うことが、ルクレジオの思索と旅のスタイルだった。
(「その島へ、この海を越えて」管啓次郎 『風の旅人』31号より)
(※ルクレジオはル・クレジオと表記される方が多いが、引用は原文のまま。そういえば管氏はル・クレジオの翻訳もしている方だ)
あるいはまた、このような思想を言葉ではなく映像で示すなら、31号冒頭に掲載されている小島一郎氏の「白い広野」津軽の写真となるのだろう。ぼくは津軽を知らないけれど(そしてまた、写真の津軽は数十年の時を経た古き風景なのだけれど)、しかし少なくともぼくの記憶の深いところにある原風景は、あの津軽の写真と共鳴し同調したことは確かだ。
***
ここで『風の旅人』について更に書いておけば、仮に31号だけとりあげても、その一冊だけでもあまりにも奥行きと拡がりを持ち過ぎて、とても全部は語り尽くせない。
高橋宣之氏「水の時と命」の写真に目を瞠り、唸り、その色彩の豊かさと不可思議さ(ぼくは水という物のあのような表現を初めて見たし、いったいどうなってる写真なのかいまだにわからない)に吸込まれるようだったし、有元伸也氏「東京~天国」の異人たち(外国人のことではない)の写真の人懐こい暖かさがどこからくるものか(少なくとも癒しなどではない)考え込まされたり、あるいはまた、俄には判断できないがとても興味深い宇宙論や、普段殆ど知られることのない北朝鮮の人々の生活が紹介されているなど、まさしくこれこそ本当の「総合誌」(人間と世界に関わる最も根源的なもののすべてが扱われている)だと、思わずそんなことを言ってみたくなる刊行物だ。
もしまだ見たことがないというなら、一度手に取ってみてはいかがだろう。煩わしい広告なども殆どなく、全ての号が永久保存版というような作りの雑誌、ぼくは他に知らない。
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Tail-Lagoon @ 20:08
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2008/03/19(水)
作家アーサー・C・クラークが19日未明に亡くなったそうだ。SF界最長老の最後のひとり……ハインライン、アジモフ、レム、ヴォネガット、ディック……この特別な作家たちは、みなこの世からいなくなってしまった。寂しいことだ。(作家の訃報を知ることは、知人の訃報とはまた別の寂しさを感じる。それはおそらく、時代が過ぎ去ってゆくことの実感からくる寂しさなのだろう)
しかし、クラークは齢90歳というから、もう充分天寿を全うしたということなのだろう。冥福を祈ります。
Tail-Lagoon @ 17:00
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2008/02/26(火)
これは、1897年、自殺を決意したゴーギャンが、すべてを注ぎ込んだ大作のタイトルである。自殺は砒素を過飲して失敗に終わった。
D'où venons nous? Que sommes-nous? Où allons-nous? (仏語原題)
Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going? (英訳)
「描きおわって夢からさめると、私はつぶやいた、われわれはどこから来るのか、何者なのか、どこへ行くのかと。だがこの想念はもはや画面とは無関係に、そこからまったく離れ、言葉として、絵をめぐる壁のうえに印されたものだ。画題としてではなく、署名として……。」
1899年3月のゴーギャンの手紙
(『GAUGUIN』R・ゴールドウォーター著/嘉門安雄訳/美術出版社)
ゴーギャン自身そう書き記したように、これは本当は絵のタイトルではないのかもしれない。それをタイトルとするには、あまりにもそのテーマは深遠であり、広大すぎるようにも思える。もちろん、ゴーギャンの描いた大作も、その問いに対する解答などではなく、むしろ問いそのものなのだろう。答のない問いを問い続けることこそが、おそらく人間の生きる道なのだろうから。たとえ答を得られる可能性が限りなくゼロに近いとしても、人として生きてゆくために、やはり我々はそれを問い続けなくてはならないのだ。
Tail-Lagoon @ 22:53
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2008/02/24(日)
昨年末にふと、ハムレットのあらすじを作ってみようと思った。ハムレットは何度か読んでいる割に、ストーリーがいまひとつしっかりと記憶に残らない。ある意味非常にシンプルな構成で、ただあの長く印象的な独白だけが妙に強度を持って浮かび上がり、プロットが背景に霞んでしまう気がする。それはそれで構わないのだけど、ちょっと何か引っかかることがあって、一度自分の中で整理してみようと考えたのだ。が、途中まで作ったところで中断してしまい、既にふた月も過ぎてしまった。いつか折りを見て続きをやろうと思っているが、ひとまず途中までをストックしておく。
中世のデンマーク王国。先の国王ハムレットが身罷ったことにより、弟のクローディアスが後を襲い、先代の王妃ガートルードと婚姻を結ぶ。先王の葬儀、新王の戴冠式、そして婚礼の議が立て続けにエルシノア城で執り行なわれ、ヴィッテンベルクの大学生ホレーシオは拝観のため帰国していた。
折も折、先代デンマーク王ハムレットの甲冑を身に纏った亡霊が二晩続けて出没し、夜間の歩哨が城壁の上でそれを目撃した。目撃した二人の友人将校からその話を聞かされたホレーシオは、自分の眼で真偽を確かめるべく、寝ずの歩哨につきあうことにした。果たして亡霊は、前夜と同じ時刻に現れた。亡霊はまさしく先王そのものの姿と顔をしていた。話しかけようとするホレーシオに答えず、鶏鳴とともに亡霊は姿を消した。ホレーシオは王子ハムレット(先王の名を継いで同名)にこの一件を伝えようと決めた。ハムレットは彼の学友だった。
明くる日、エルシノア城内の大広間には、クローディアス王と臣下の者たちが集まっていた。王妃と王子も同席していた。
国王は、ノルウェー王子フォーティンブラスを阻止するため、二名の使者を立て、親書を携えさせてノルウェー王のもとへと送り出した。フォーティンブラスが、先王同士の対決によって奪われたノルウェーの領土を取り戻そうと動いていたのだが、病床のノルウェー国王がこのことを関知していなかったためである。
次に国王は、戴冠式参列のために帰国していたレアティーズ(内大臣ポローニアスの息子)が、遊学先のフランスに戻る許可を願い出たため、これを快諾した。
一方、かつての甥であり今は息子となった王子ハムレットの、ヴィッテンベルク大学に戻りたいという希望に対しては、彼こそ王位を受け継ぐべきものであると宣言した後、城に留まるように要請した。王妃もまた国王に賛同し、そばにいるよう息子に懇願したため、ハムレットは留まることを承諾する。
この返答に喜んだ王一同が祝杯をあげるべく大広間を引き払った後も、しかしハムレットは、独り残って思い悩んでいた。先王の崩御以来、その死を悲しんで鬱々として過ごし、また、王妃が時を置かずに叔父と婚儀を交わしたことに憤ってもいたのだ──「心弱きもの、汝の名は女!」
そこへホレーシオが二人の将校とともに現れ、昨晩の一件を告げた。ハムレットは、今夜の歩哨には自分も一緒に立ち会うことを決め、亡霊の出現について口止めした。
内大臣ポローニアス邸では、レアティーズが、フランス出立に際して、妹のオフィーリアと別れの言葉を交わし、ハムレットの妹への求愛に言及して、貞操を守って簡単にはなびくことのないよう妹に注意を与えていた。父ポローニアスからは異国における訓戒を受け、こうしてレアティーズは二人に見送られ、邸を去っていった。
兄の去り際にオフィーリアは「この胸にしかと錠をおろし、鍵はお兄さまに預けましょう」と約した。この台詞を聞いた父と娘との間で、話題は再びハムレットに関するものとなった。「情欲の血が燃えると、魂はいくらでも誓いの言葉を濫発するものだ」ポローニアスもまた、娘を案じて、あまりハムレットと親しく話を交わさぬようオフィーリアにいいつけた。
その晩、ハムレットは、ホレーシオたちと共に、城の胸壁で見張りに立った。真夜中に現れた父王の霊に驚き、亡霊に招かれるまま後を追おうとするハムレット。友人たちの制止を振り切って、ハムレットは幽霊の後を追った。
先王の亡霊は、ハムレットと二人だけになると、クローディアスによりヘブノンの毒を用いて暗殺されたのだという驚くべき事実を告げた。庭園で午睡していた先王の耳に、クローディアスが毒を注いだのだと。夜明けが近づき亡霊が姿を消すと、ハムレットは現国王と妃への復讐を誓う。そして、彼の後を追ってきた忠実な友人たちに対しては、今夜の一件を他言せぬよう誓わせた。
数週間後、ポローニアス邸では──
ポローニアスが召使いをフランスに送り、息子に金と手紙を届けるついでに、息子の暮らしぶりを探るように命じた。そこへオフィーリアが、狼狽した面持ちで駆け込んできて、問いただす父にこう説明した。ハムレットが異様な姿で彼女の部屋に現れ、尋常ならぬ、激しい無言の狂気を思わせる様で去っていったと。大事と察した大臣は、娘を連れて、国王へ報告に参上することにした。
親書が功を奏して…(ここで中断)
Tail-Lagoon @ 17:45
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2008/01/17(木)
読書とは、肉体を持っていては体験しえないような体験をすることだ。
読者は、透明人間となって主人公に付き従い、主人公とともに語られる価値のある体験をする。異質な時を過ごし、普段の自分とはまるっきり縁のない異質な思考をする。ストーリーを思考し、ディテールを思考し、連想や脱線の楽しみさえも思考する。
Tail-Lagoon @ 10:20
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