2007 3 月の記事

ベンヤミン「作家の技術13カ条」 »

『ベンヤミン・コレクション3 記憶への旅』ベンヤミン/ちくま学芸文庫
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  1. 長めの作品にとりかかろうとする者は、くつろいだ気分で生活を楽しみ、一定のノルマをこなしたあとは、仕事の続行を妨げないことなら何でも、好きなように行うがよい。
  2. これまでやったことについて、人に話したければ話してもよい。だが、仕事がまだ進行しているあいだに、その一部を朗読して聞かせてはならない。それによって得られるどんな満足感も、君のテンポを遅らせてしまうのだ。この食餌療法を守れば、語り伝えたいという願望がしだいにつのってきて、それが最終的に、完成への推進力となる。
  3. 仕事をする状態に身を置いたら、日常生活の中庸といったものからは逃れるように努めよ。つまらぬ雑音をともなった、中途半端な静けさは、品位を貶める。それに対し、練習曲とか、がやがやした人声が伴奏であれば、それは夜の、耳に聞こえる無言(しじま)とまったく同様に、仕事にとって意味深いものになりうる。後者の伴奏、つまり夜の無言が、内面の耳を鋭敏にすつとすれば、前者の伴奏は、語り口の試金石となる。つまり、豊かな語り口は、常軌を逸した騒音さえも、自分のなかに埋めこんでしまうのだ。
  4. 手仕事の道具に無頓着であってはならない。特定の紙、ペン、インクに、うるさいほどこだわるのは有益である。贅沢をせよというのではないが、こうした用具が豊富に揃っていることは不可欠だ。
  5. いかなる考えも、匿名のまま通過させてしまってはならない。メモ帳への記入は、役所が外国人登録簿をつけるときと同じように、厳しくやること。
  6. 霊感に対しては、君の筆にそっけない態度を取らせるがよい。そうすれば筆は磁石のような力で、霊感を自分のほうへ引き寄せるだろう。思いつきを書きとめることを、君が慎重にためらえばためらうほど、思いつきはそれだけ成熟した展開を示して、君に身を委ねるだろう。話すことは考えを征服するが、文字は考えを支配する。
  7. もう何も思いつかないからというので、書くのをやめてしまっては絶対にいけない。何かの期限(食事の時間、人との約束)を守らなければならないとき、あるいは作品が完成したときだけ中断すること、それは文学の誇りが命ずる掟のひとつである。
  8. 霊感が途切れたら、その間にできあがったものを清書するがよい。直感はそのうちに目覚めてくるだろう。
  9. ひと筆もなき一日があってはならぬ(ヌーラ・デイエース・スイネ・リーネアー(*))──とはいえ、そんな数週間はあってよい。
  10. 夕方から翌朝、日が高くなるまでかかりきりになっていたことが一度もないような作品を、決して完璧だと見なしてはならぬ。
  11. 作品の結末は、いつもの仕事部屋で執筆してはいけない。そこでは、結末を書く勇気が出ないだろう。
  12. 著述の諸段階──考え、文体、文字。浄書という固定行為においては、注意力がもはや、文字の美しさだけに向けられる。これが浄書の意味である。考えが霊感を殺し、文体が考えを束縛し、文字が文体に報酬を支払う。
  13. 作品は、構想のデスマスクである。

『一方通行路』「張り紙禁止!」ベンヤミン 浅井健二郎 編約 久保哲司 訳)

Tail-Lagoon @ 20:42   |   PageUp

アンリ・ミショーの机 »

『アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症 (上)』ドゥルーズ+ガタリ/河出文庫『アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症 (下)』ドゥルーズ+ガタリ/河出文庫
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「ひとたび注目されてから、この机はずっと精神を引きつけてきた。何か分らないが、この机はおそらくずっと自分自身の関心事さえやり続けてきたのだ……。驚くべきことに、この机は単純ではないが、かといってそれほど複雑でもなかった。つまり始めから複雑だったり、意図的に、あるいは計画的に複雑であったりしたわけではない。むしろ、加工されていくにつれて、この机は単純でなくなってきたのだ……。この机はそれ自身としては、いくつもの付加物のある机であった。ちょうど、分裂症者の描くデッサンが詰め込み過ぎといわれるように。この机が完成するとすれば、それはもう何もつけ加えるてだてがなくなったときである。この机にはだんだんいろんなものが積み重ねられ、それはますます机でないものになっていった……。この机は、机として用いるには、また机から期待される何かには、まったく適さないものとなった。重くてかさばり、ほとんど運ぶのが難しかった。この机をどう扱ったらいいのか、誰も分らなくなっていた(気持ちのうえでも、手をつけるにしても)。平たい板、つまり机の普段使う部分は、かさばる骨組みとはだんだん関係がなくなって減少し、消滅してゆき、机という全体はもはや考えられなかった。それは例外的な家具のようなもの、誰も何の役に立つのか分らない未知の道具のようなものだった。これは人間と無関係の机で、ちっとも快適でなく、ブルジョワ風でも、民芸風でも、田園風でもなく、料理用でも、作業用でもなかった。それは何ごとにも役立たず、用途やコミュニケーションを拒否し、堅く身を守っていた。この机には、何か愕然とし、石化したようなものがある。それは、故障したモーターを思わせたかもしれない。」

(アンリ・ミショー『精神の大試練』 
──ドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』宇野邦一訳からの孫引き)

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