2008/03/06(木)
『砂丘が動くように』についてのいくつかの覚え書き
『砂丘が動くように』日野啓三
1985 「中央公論」に連載 谷崎潤一郎賞
1986 単行本 中央公論社
1990 中公文庫 第3章改訂
1998 講談社文芸文庫
「著者から読者へ 砂について」
著者自身による年譜
解説:「文学が終わり、世界それ自体が始まる」保坂和志
Note
- 根源的な小説のひとつ
- タイトルの二重性
比喩的表現であると同時に祈りの表現でもある
- 章構成と語り手
第1章 フリーライター沢一郎(ゴースト)による一人称
第2章 ビッキーの視点による三人称
第3章 少年(三条竜一)の視点による二人称と三人称の混在
- ビッキーとゴーストの視点では三人称
- (奇妙な語り手)「きみ」と呼びかけるとき、あるいは少年の盲目の姉(母)のような気遣いが時にあらわれる(例:「気をつけて」)。さもなくばビッキー(父)の可能性も。だがむしろ、そのどちらでもなく、どちらでもありうる、もっと根本的で高次の人間意識による視点(呼びかけ)なのかもしれない。
- エピローグ 姉による一人称。この小説世界の浄化・カタルシス。
- 砂とキンチ。UFO。卵。
- ゴースト
トンネル(断続する暗闇)。砂とキンチ。UFO。卵。老人の銅像。
- ビッキー
男でも女でもない顔、人間のすべて。
(p.165)
「自分だけで人間全部になろうとしている。自分が世界になろうとしている。」
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