2011/11/11(金)
エレベーターのドアが開き、もうひとりの自分がそこに。私は乗るのか降りるのかわからなくなってしまった。
やつは私の身体を透り抜けた。あるいは私がやつの身体を。いずれにしても、一方はエレベーターに乗り、他方は降り、再び別々の方角へと別れた。ただ私の意識だけが両方に遺った。
以来、視界が多重露出の写真のように二重に結像し──私がシャワーを浴びている時、私は街路を歩いている。私が読書をしている時、私は液体を攪拌している。私が誰かと話している時、私は谷底に蹲っている。といったような具合なのだ。
Filed under: 短話 |
Tail-Lagoon @ 23:59
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2011/11/07(月)
斜傾した影と額とによって日時計の役割を図らずも果たしていることにも気付かず、立ちずさむ男。階段と壁と、そしてもしかしたらどこかから猫の視線も差し込んでいるかもしれない夕方の金色の大気の中で、立ち尽くす。彼はきっと今日一日の記憶を探っているのだ。
直射日光によって燃え上がるように輝いた白い手が、開かれた窓の奥の闇から浮かび上がり、手招きする。華奢な指が不吉に戯れ、男はその所作から視線を外せなくなる。
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Filed under: 虚数船 |
Tail-Lagoon @ 20:05
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このサイトに公開してあった幾つかの短編に手を加え、PDFとしてまとめました。ご自由にダウンロードしてください。(内容は以下の通り)
» sleeping_walkers.pdf (6.0MB)
なお、このPDF版の公開に伴い、これまでのHTML版の方は一旦非公開としました(PDF版同様の修正が必要なのですが面倒なもので)。
Filed under: 睡眠歩行者のためのカタログ | タグ: PDF
Tail-Lagoon @ 00:15
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2011/11/05(土)
真夜中に虚無が目覚め、しわがれた声で蒙昧を揺すり起こし頬杖を要請する。浮腫を夢見ていた気管支の分岐点上に出現した疼きによって月の寂光座標を知る。分水嶺の仄かに浮かび上がった湾曲線の印象に瞼を裏返し、剥離した識閾上の気泡が孤立した計測値を裏付ける。たちのぼる影と生命の煙と死者の痕跡。花よ、夜よ。
Filed under: prose | タグ: prose
Tail-Lagoon @ 05:20
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2011/06/14(火)
もしロープを持ち歩いていれば、いざって時(穴に落ちた時)とても便利だ。
と、このように、普段あまり人が持ち歩いているのを見ないが、携行したら本当はとても便利なグッズについて考えてみよう。
もし枕を持ち歩いていれば、いざって時(穴に落ちた時)救助を待って止むを得ず一泊(もしくは数泊)する羽目になった場合にも、熟睡できて大変便利だ。
同じ理由で、座椅子とか、余力があれば一人掛けのソファなら、いざって時(穴に落ちた時)とっても寛げてGood‼
携帯電話? そりゃいざって時(穴に落ちた時)勿論便利さ。でも既にみんな持ってる。
ここでは、普段あまり持ち歩かない物たちにスポットを当てたいんだよ。
花火とか狼煙もいいが、ちょっと危険だし音や煙が近所迷惑なので、いざって時(穴に落ちた時)線香を炊けば、炊かないよりはマシな結果になるかもしれない。少なくとも、誰にも助けられず死んだ時、自分を供養できる。
ちょっと重いけど、いざって時(穴に落ちた時)墓標を持っていたらそりゃあ便利。理由は、もう分かるね?
やはり持ち運ぶならハシゴだろう、ハシゴに尽きる。だっていざって時(穴に落ちた時)それを分解してラジオが組み立てられるかもしれないので、希望が持てるじゃないか。
Tail-Lagoon @ 23:59
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