2008/03/09(日)
イシュマエル氏は希望と幸福を探していた。彼は不幸に見えた。彼の不幸はおそらく、彼が希望と幸福の未来を知らない(想像できない)ことにあるのだった。彼が死んだ後も子供たちによって世界は存続する。彼は不安だった。──明るい未来、希望に満ちた国家などあるものか。
彼はもちろん恵まれた世代のひとりであり、戦争も飢餓も徴兵も懲役も本当の貧困も経験したことはなかった筈だが、ただ彼はあまりに孤独だったらしい。そうして彼は、彼自身の世代に属するものの一人として、彼自身の生にいかなる役割と責任があるものなのか(あるいはないのか)を考えあぐねていたのである──とは、ぼくの推測に過ぎず、直接彼に尋ねてみたわけではないのだが。
ぼくと出会う以前は(あるいは今でも、たとえぼくのような気晴らしの話し相手がいたとしても)、彼の心はどこか悲観と孤独によって満たされているようなところがあった。網の中では時々、このような人間がさ迷っているのに出くわすものだ。かくいうぼくもまた多かれ少なかれそのような一人に違いない。
そう、出会った時のイシュマエル氏は、次のようなことを独り喋っていた。
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Tail-Lagoon @ 18:17
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