2008/02/19(火)
イシュマエル氏と出会ったのは、ぼくが世界から見棄てられ忘れ去られたように感じていた頃のことだった。
あてもなく街路を彷徨い、蜘蛛の巣状の路地をうろつき回り、網の辺境へ流され、橋の上の安酒場を冷やかしで覗いてみると、バーのカウンターに肘をつき、見えない誰かに話しかけるように喋っている男が目についた。
男は不思議な風貌をしていた。つまり、影のように、風のように、一瞬でも目を離せばもう既にその顔つきが記憶からかき消されてしまい、透明な印象しか残
らないような男だった。店内の暗い照明のせいばかりではないだろう、その男自身の肉体が発する希薄さゆえに、誰の記憶の中にも彼はその姿を現すことはない
のである。
ただ、男の話し声や話題には人を惹付ける何かがあった──いや、店は混んでいたが、彼の周囲には全く人影がなかったのだから、彼の語りに惹寄せられたの
は、少なくともぼく一人だけだったわけだ──そう、しかし、ぼくは彼に興味を持った。しばらくは酒場の入り口付近に突っ立っていたのだが、何かに導かれる
ようにして、その男のひとつ席を空けた隣に腰掛け、彼の口から流れてくるとりとめもない話題に耳を傾けることになった。音楽でも聴くようにして、ぼくはただ黙って聞いてい
ただけだ。
それ以来ぼくは、さまざまな場所でその男と出くわすことになった。
ほんの僅かながらでも彼と言葉を交わすようになったのは、最初に見かけて以後、随分と日数を経たのちのことである。彼がイシュマエルという名だと知ったのも、かなりあとになってからのことだった。そのようにしてイシュマエル氏とぼくは少しずつ親しんでいった。
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Tail-Lagoon @ 00:23
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