2006/08/16(水)
およそ殆どの生物が、生存上の確固としたルーティン・システムを持っているのに、どうしたわけかヒトだけは、そのようなものを持たない。おかげで、互いに狂ったサイクルが不協和音を鳴り響かせ、やがて自滅するほかないような、悲観的な状況下にあってさえ、何のために何をするのかさっぱりわからず、ただおろおろするか殺し合うかするほかないのだ。すなわち、ヒトの生存だけが疑わしい──生き残る可能性が疑わしいのではなく、生存そのものに疑念がかかっているのだ。自ら疑わしく他を見ても疑わしく、種としての調和(殺戮や残酷さを含めた上での調和)がないように感じるのだが、どうか。いかなる疑いもなく喰い眠り交わり子を生し死んでゆく率直で潔い他の生物たちを見るにつけ、ますますぼくはヒトとしての自分にただ戸惑うほかなくなるのだ。
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2006/08/15(火)
あの人の亡骸を花園に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を下水管に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を机の引き出しに捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を金魚鉢に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を暗がりに捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を屋上に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を議事堂に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を鍵穴に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を電車の網棚に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を廊下か階段に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を鍋に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を右目の奥に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を図書館に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を五次元に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を試験管に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を憶測の上辺に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を履歴書の行間に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を群衆の足下に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を金星に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を銀行の金庫に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸を広告チラシの裏に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
あの人の亡骸をソファの下に捨てよう。そこだけがあの人の墓標に相応しい。
ああ、あの人の亡骸をどこに捨てよう。この世のどこにもあの人の墓標に相応しい場所がない。
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