2006 7月の記事

リアリティ »

 若い頃の私は、毎日浮遊していた。手応えのない現実に苛立ち、焦燥していた。霞がかった膜の中に閉じ込められて、一点の穴を開けようともがいていた。

 ところが今日(こんにち)の私は、気がつけば仕事と生活に打ちのめされ、完全に地に這いつくばって、もはや僅かの浮遊も望むべくもない。完全な逆転。いったいかつての私はどのようにして、この重苦しい肉体と心を、いかなる支えもなく空に浮かべていられたのだろうか。

 着地を必要としない生活も苦しいが、離陸を不能とする生活もまた苦しいものだ。つまり生きるということは常に苦しいということか。いや、習慣となることが苦しいのだ。自由とはおそらく、どちらの様態をも取りうる中間項、絶えず不連続の跳躍と潜伏を繰り返す第三項の中にあるのだ。と、少なくとも今はそう考えてみるしかない。

Tail-Lagoon @ 00:00   |   PageUp