2005 10月の記事

架空の死 »

 日記を毎日ちゃんと書いている筈なのに、気がつけば日付が飛び飛びになっている。なぜなのだろうか。もしコンピュータの日付が正しいとすれば、ぼくの一日は世界の一日と食い違っていることになる。ぼくが一日過ごす間に、世界では数日の時が経過しているということか。

 相対論によれば、時間の進み方は一様ではなく、局所的に変化する。運動する速度が速ければ速いほど時間の進み具合は遅くなり、光速では時間は停止する。だが、ぼくの運動速度は他人とそれほど大きくは変わらない筈だから、この説明は却下するほかない。

 それとも臨床上の問題だろうか。例えば、数日起きに発生する記憶喪失とかあるいは多重人格。意識がぶっ飛んでいるあいだのぼくは、他者であり、その他者は日記をつける習慣など持たないのだろう。と、そのような推測も成り立つわけだ。

 だが、もっと簡単な説明があることに気付いた。この架空の日記の架空の記述者であるぼくは、著者が怠けている時には実在し得ない、架空の存在でしかないということだ。ぼくの身体は絵空事でしかない。もっとも、記述する内容からして既に、とてもリアルな身体性を持ち合わせているとは言い難いわけだが、空白の日々を連ねることによって、ぼくの質量はますます希薄になってしまう。これが予めぼくに与えられている存在条件であり、自分自身ではどうすることもできない定めだ。──いや、そもそも存在とは物質がある時間と空間を占有している状態のことを指すのではなかったか。だとすれば、ぼくは空間を占有せず、時間においても切れ切れの不連続な仕方でしか出現しないのだから、ぼくは存在しないということにさえなるわけだ。

 こうしてぼくは非在を生きる。世界中の数多の虚構の登場人物達と同様に。それでもこうして生きている以上、不連続な非在の日々には、ぼくは死んでいるということになるのだろう。

 しかし、これを読んでいるリアルなあなたにひとつ忠告しておくが、事情はあなただってさして違わないのだ。睡眠によって寸断された不連続の意識によって、あなたの自我が構築されている以上、あなたもまたあなたの非在を許容している=死んでいる時間を保有しているということなのだから。

 あなたは夜毎訪れる休止と夢によって断片化され、その前後の同一性は証明しえない。ただ、他者としての観察によってのみ、同一性の保証を推測しているに過ぎないわけだ。

 まあそんなわけで、ぼくの非在は文字通り「死」あるいは「無」の意味だが、あなたの非在はせいぜい「仮死」でしかないと、そのように区別したいのであればお好きにどうぞ。架空の記述者であるぼくからしてみれば、どちらも区別がないように思えるけどね。

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鳶 »

 虹の架かった空を鳶が横切る。プリズムの洗礼を受け、海面からたちのぼる水蒸気がむせかえる中できりもみした後、ふいに鳶は固定された生と時間のフレームを切り裂くように翼を閃かせて一直線に加速する。鳶は今、その全身・全存在を限りなく拡散させて、150億光年を駆け抜けてきたのだ。一瞬の永遠が通り過ぎたその名残に、羽毛にはまだ宇宙塵が付着している。

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山羊 »

 隠された半島の、岬の突端で、漠然と海を眺め空を仰ぎ、草を貪り喰らって生きてきただけのおとなしい山羊が、その最後の一本を食い尽くして、ある日断崖から飛び降りた。自由落下の力学的法則に身を完全に委ねて何の抵抗もせず、四肢をまっすぐに伸ばしたまま固定された彼の姿が、真っ白で滑らかな放物線の軌跡を描く。この純粋な軌跡こそが山羊の生命の完結した形であった。やがて水面に到達。山羊の生きてきた質量に見合うだけの水柱が、一瞬の白いオベリスクとして立ち上がった。そしてもう次の瞬間には既に、岩肌をあらわに剥き出したその岬では、山羊の不在が始まっていた。(あるいは時間の不在が‥‥‥)

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雲 »

 晴れた空を眺めていた。羊飼いに追われる羊のように、雲が一斉に西に向かって移動していた。だが、注意深く見つめていると、群の中で、たったひとつの雲だけが、他とは正反対の方角へと飛んでいくのを発見した。あるいは自らの意思と関わりなく、何か運命のような力によって流されていたのかもしれないが、よくはわからない(それに私はどうしても運命論者にはなれない)。風に逆らって動いているせいか、その特異な雲は見る見るうちに千切れて小さくなってゆき、最後には無数の水の粒子となって拡散し、他の雲達に呑み込まれてしまった。たぶんあの雲の臨終を見届けたのは私だけだったろうし、もはやあの雲の消息を知るものは誰もいない。もっとも、雲を、我々の目に見える形によって個として認識することをやめてしまえば、雲の最期などという擬人的な事件など全く存在しなかったことになるわけだが。

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