2005/05/29(日)
思い掛けない出来事が起きるのを待っている。だが、それを待っている間は、思い掛けない出来事など起きる筈がない。なぜなら、思い掛けない出来事を待ち望んでいる以上、その待ち望んだ事が起きたとしたら、それを思い掛けないとは言えないからだ。
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2005/05/24(火)
月曜日の朝は、自己の奴隷性を最も痛切に感じる一時だ。だから憂鬱になるのである。
確かに、自己を奴隷であると感じた瞬間から人は奴隷になる。それは本当だ。だが一方、自分が奴隷であることを知らない奴隷というのも、哀れなものだ。まあどちらがいいということもないのだが──どちらにしても、不幸であることに違いはない。
現代の巧妙な奴隷制(上手く隠蔽され、しかも主人がいないように見える──いや、主人はいるのだが、その主人もまた別の誰かの奴隷である)について、もっと真剣に考えた方がいいのではないか。と、時に内省してみる。
(2005/06/06 追記)
創造性を必要としない単調な仕事を大量にこなしている時など、自分はロボットのようだと感じることがある。ロボットという語はチャペックが生みの親だが、チェコ語の「robota:賦役」から派生させた造語だという(正確にはチャペックの兄の思いつきらしい)が、要するにロボットはまず奴隷機械として構想されたのだ。人間のパートナー・友達などという日本(鉄腕アトム)的な甘い発想などではなかった。──それはともかく、仕事をこなす自分をロボットのようだと感じる時、それならいっそのこと自分をロボットと交換してくれとも思う。ロボットに仕事を奪われて失業? ロボットで十分間に合うようなそんな仕事なら、さっさとロボットにくれてやれ! と憂鬱な月曜日を迎え、ぼくは少し自棄になって考えるのであった。
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2005/05/19(木)
今日は風の強い一日だった。埃が目に入らぬように、スカートがまくれないように、飛来物にぶつからないように、道行く人々は誰もが自己防衛に気をとられていた。もちろんこのぼくもそうだった。
でもふとしたはずみに空を見上げると、実にいろんなものが舞っていた。歯ブラシ、ハイヒール、眼鏡、馬具、ペルシャ猫、ステッキと蝙蝠傘のペア…… 羅針盤、経文、矛と盾、ガレー船と奴隷の足枷、バッファローの頭骨……いったいどこから、いつの時代から飛ばされてきたのかわからないようなものまで。
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