2005/09/05(月)
とある美術展へ行ってきた。だが、何の美術展だったのか、どこで開催されていたのか、名称も地理もはっきりとは答えられない。というのも、その美術館は夢の中に構築されたものだったから。行きたいと思って行けるようなものではなく、逆に行きたくないと思っていても勝手に行き着いてしまうような、そういう美術館だった。いやそもそも、それが本当に美術館と呼べるような、固有の外殻を持った建造物であったかどうかもよくわからない。気がつけば既に回廊のような展示空間にさ迷い込んでしまっているからで、始めも終わりもない迷宮のような内部空間しか存在しないのではないかと思う。おそらく外観/外部など必要ないのだ。もっとも、こんなことが言えるのは、覚醒後の後知恵でしかないのだが。
ともかく、そこで色々な展示品を見た筈なのだが、いったい何を見たのかさっぱり思い出せない。入場料など要らないかわりに、見たものを全て記憶したまま抜け出すことが難しいようになっている。夢のシステム(夢のようなシステムではなく、文字通りの意味)を利用して、来館者にとって最も印象の強い一点だけを特に記憶して持ち帰る仕組みらしい。
ぼくが覚えている一点のみの作品とは、マグリットの「これはパイプではない」のパロディ作品だった。絵は確かにマグリットの「パイプ」そのものなのだが、タイトルが違う。「これはパイプである」とあからさまに示してあるのだ。どういうことだろうと訝しんでよくよく見ると、絵の額縁には手の込んだ仕掛けが施されていた。円筒状の塩ビ管が絵の周囲に張り巡らされ、剥き出しになった建築設備の配管に絵が巻き付かれたような具合になっている。しかも、絡まった配管の迷路を目で追ってゆくと、管の一方の端部には吸い口が嵌め込まれており、もう一方の端部にはきちんと火皿を上に向けたボールが突き出していた。とそこまでぼくが見定めると、その様子をどこかで見張っていたらしく、若い監視員の女性が近づいてきた。ぼくが何も言わないうちから、「ええそうなんですよ」と訳知り顔で頷いて、手際よく煙草を詰め、火をつけた。それからもう一方の端部へ移動して、少しエロティックな表情で吸い口をくわえる。しばらく奮闘していた(何しろ長いパイプだから、端から端まで煙を届けるのは結構きつい作業の筈だ)が、やがて口腔および鼻腔からふうっと大きく紫煙を吐き出した。火皿の方からも、ちゃんと煙が出ている。女は得意そうな顔で「これはパイプである」と宣って、実演を終了したのだった。
ぼくが覚えているのは以上である。夢の中にいる間はなかなか面白い展示だと感じたが、完全に目覚めてしまった今では、さほど面白くもない。ただ、あの美術館には、できればもう一度行ってみたいと思う。
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Tail-Lagoon @ 00:00
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