オーバーホール

 どこが悪いと具体的に指摘することはできないが、全体としてなんとなく調子が悪いと感じた時、整備のために自分を分解し、埃を払い、油を差し、部品を交換したりする。どちらかというとずぼらな私は、オーバーホールをあまり定期的に行わない。そのせいか、解体された自分を見ているのは何とも奇妙な感じだ。器官や脊髄、細胞や、ワイヤーや、歯車、ベアリング、あるいは血管や電子結線の混線を眺めているうち、それらが全く自分と関わりのない他者のようにさえ思えてくる。たぶん誰でもそうなんだろうけど。

 それにしても、手際の悪いやり方のせいで、再構築する時、必ずといっていいほど部分の過不足が起きる。非常に困るのだ。神経が1本足りなかったりボルトが2個余ったりするのは。適当な紐を見つけて代用したり、無理やり不要な箇所に捩じ込んで誤魔化してみたりするわけだが、やはり何となくすっきりしない。

 そんなふうにして組み立て直した自分は、どうも分解する前の自分と何かが違うようだ。しかし、歯車の1・2個どうかなっても、取り敢えずなんとか動作しているのだから、ある意味たいしたものだとも思える。これが時計のような精密機械だったら、きっと動かなくなるに違いない。ということは、人間というのはそれほど精密にはできていないということなのだろう。それともこれは私だけか?

Tail-Lagoon @ 00:00

コメントおよびトラックバック受付中です。
TB : http://weblogs.tail-lagoon.com/Another/24/trackback/

コメントをどうぞ

この投稿へのコメントは RSS 2.0 フィードで購読できます。