虚数船 (draft – 2011.11.16)

 斜傾した影と額とによって日時計の役割を図らずも果たしていることにも気付かず、立ちずさむ男。階段と壁と、そしてもしかしたらどこかから猫の視線も差し込んでいるかもしれない夕方の金色の大気の中で、立ち尽くす。彼はきっと今日一日の記憶を探っているのだ。
 直射日光によって燃え上がるように輝いた白い手が、開かれた窓の奥の闇から浮かび上がり、手招きする。華奢な指が不吉に戯れ、男はその所作から視線を外せなくなる。

***

 そう、これからも幾つか宣言をするだろうが、まず最初の宣言。これは、視線の物語となるであろう。

***

 男が建物の奥に消えるのと、日が沈むのが同時だったので、その一瞬だけ、平凡な男はヘリオスに化身した。そう、一瞬だけの神話であり、西洋的な太古への同化。しかし、アジアの片隅においては、これは多少なりと滑稽な妄想と言わざるを得まい。男もそのことは自覚していたろう。
 未だ不確かな存在。女の名はツキ。男の名はオー。都市の名は……今のところはトーキョーでいいだろう。

***

「電車の中でさ、読書中の女の色気は、独特のものがあるよ、携帯電話いじってるより余程いい」
「そんなの男の……というかあなたの勝手な言い草に過ぎない」
「だとしても、いいじゃないか、それでぼくには充分ファンタジーなんだから」
「イヤだ、気持ち悪いよ」
「ちぇ、何だったら、ツキがやってくれてもいいんだぜ」
「イヤよ、なんだかイヤ」

 雨はまだ。でも部屋の中はなんとなく薄暗い。窓からの光で文字は読めるけれど、無意味だ、読んでなどいないのだから。男の手が這い回る、それだけに意識を集中しているのだから。読み続けろ、男がそういうので、読むふりだけはしているが……

***

 女というのは大概そういうものなのか、それともツキが特にそうなのかは分からないが、二人きりで部屋にいる時、ツキは時々気配を消す。
 ついさっきまでダイニングテーブルの椅子に腰掛けていたと思ったら、ふと気付くと自分の背後に立っていたりするので、非常に驚く。その間の、移動の痕跡や気配がないからだ。意識的にしているわけではないという。だとすれば、ツキという女は、断続的に存在しているのだろうか。

***

 小説は時間芸術である、ということは知っている。でもこの部屋では、時間の概念は消える。あるいは変わる。
 そして、これ程時間に縛られ追い立てられ隷属しているというのに、この都市にも、もしかしたらこの国にさえ、本当の時間、生命としての時間、という観念は、やはり消えてしまっているようだ。概念から、感覚の階段をほんの数段登ったところが観念、なんて説明は蛇足だね。

 あなたたち男は、歯車とか発条とか時計とかの機械が必要なのかもしれないけど、わたしたち女は月や水や肺やあれが時を教えてくれるから、機械なんて要らないの。

***

「羽根? 翼? いや、ただの影さ。影にはいつも驚かされる」
「それをいうなら、雲も一緒よ」
「でも、この辺りは、空が狭いしね」
「あたし、建物の切れ目から見える空、とっても好きよ」
「へえ、それは奇遇だ、実は俺もそうなのさ、ただし、青空限定だがな」
「あたしは別に、曇ってても雨でもいいけど」

***

 私は、自分が何人いるのか知らないし、同様に、ツキが何人いるかも知らないのだ。数えたこともない。
 ぼくらは一人で複数であり二人で多数である。

***

 今日も、虚数船が、静かに街の中を滑って行った。視線だけが干渉する船は、ビルも人も車も関係なくすり抜ける。同一空間を船と共有した筈の人々は、そしらぬ顔で歩み去る。あれだけの巨きな船が身体と融合し分離したというのに、全く何の影響もないなんて不思議だ。

 鯨に呑み込まれたヨナのごとく、私もあの巨大な虚数船の腹の中で暮らしてみたいと、そう思うことも屡々である。

***

 雨の日の薄暗い街並みは、特に高架の電車の窓から眺める時には、違和感と郷愁と寂寥と昇天の情感が一気に押し寄せて、沈んだ浮遊感を味わう。乗客達は皆眠りこけて、私一人だけが覚醒している。他に目覚めているものはと見回した時、ツキがそこにいる。

***

 視線は、届かないこともある。そのことは忘れるな。
 見えないところで起きている事件を記述することもまた、視線の物語にとっては重要なことだ。
 思弁的? いや、むしろ感覚的なのだ。

***

 近頃は、蛇をよく見かけるようになった。思いがけない場所、例えば飲み物の自販機の取り出し口の中、建物の通風孔、駅のベンチ、ショーウィンドウの片隅、本屋の書籍の隙間や書物のページの間にも。

 あら、蛇だけじゃないよ。ゼロの話に思わず反応する。ヤモリとか、この建物多いのよ、知ってた? 夜中の階段室ね、人が来ると逃げるんだけど、誰もいないと、壁一面にヤモリの群がへばりついてて、ちょっと気味悪いくらい。

 え、何で見ることができたか? だってあたし、無意識に気配を消せる女だもの、でしょ? ふふっ。つい笑いが洩れる。それでヤモリたちも気付かなかったみたい。だけどあたしがびっくりして思わず声を出しちゃって、そしたらささーって一瞬でどっかに隠れたのよ。凄かったわ。

***

 食卓に積み上げられた、十尾ほどの小振りの生魚。種類は知らない。爪、伸びたな。そう思いながらツキは、その長い爪を使って、魚の鱗を剥ぎ、眼球と内臓を抉り出す。
 眼球は選り分けておき、あとで別の調理に使う。内臓は、カラスの餌だ。どうやっているのかは知らないが、近所にはバレていないようだ。でなきゃ大問題になる。ツキの周りに充満する禍々しさと、血とはらわたの生臭さに、オーは耐え切れず、部屋を出る。

***

 白い壁、白い天井、白い部屋。白い顔、白い腕、白い女。室内着は大体いつも黒の貫頭衣。裸足の細い足の甲。家具も黒が基調なので、掃除をサボっている時は埃が目立つ。で、オーはどこにいる?

***

 亀裂の入った青空。蒼穹の瑕疵。過失? 視線が昇り、視線が降る。空の断片が剥落し、魚になって下降する。行って捕まえよう。少年が駆け出す。この不吉な予感が杞憂に過ぎなければいいが。オーは地面の影に視線を落とす。アスファルトに混ざったガラス質の欠片が、そこかしこで小さな光を放っている。

***

 船の高いマストを見上げながら思う。
 木になりたいね、できるだけ巨きな樹木に。素晴らしいロケーション、例えば大西洋に臨むアフリカの丘の上に根を張って、毎朝、無限の枝に小鳥たちを目覚めさせ、毎夕、海に沈む太陽を見送り、幾世紀、幾千年をただ坦々とそのように過ごす。
 世界中の植物が憧れ、世界中の巨樹たちの伝説に連なり、地に生えて宇宙の寂寥を支え続ける、そんな樹木に。どうだい、いい夢だろう?
 ぼくらはバオバブを夢見る。

***

 昼間、たまたま高層ビルの展望室にいて、ぼんやりと眺望を楽しんでいた時、数百メートル離れた場所に虚数船が出現した。曇天の灰色の景色の中、船体の黒い輪郭が朧に溶けて、船は音もなく都市を滑ってゆく。
 日によって船の透明度はまちまちだが、今日は一段と背景を透過させ、消え入りそうだ。それでも美しい黝い影は、おそらく十数分程は航海を続けてから、異界に消えていった。

***

 私は、何度か見たことがある。たとえば、たった今飛び降りたはずの男が、まだ断崖の上に立っている。たった今道路に、あるいは線路に飛び込んだ筈の男が、まだ信号を待ち、またはホームに立っている。首を掻き切ったように見えた女が、何事もなくキッチンで玉葱を刻んでいる。
 たぶん私が目にしたのは、彼らの束の間の幻想なのだ。その瞬間、彼らから分離し、剥離した幻想の分身なのだ。実現しない既視感(デジャヴュ)。
 なぜだろう、これまでのところ、他人が抱いた殺人の幻想はまだ見たことがない。もっぱら自死の場面のみだ。おそらく、そこには分身が拒む何か境界の秘密があるのだろう。

 失踪者について、しばし考える(失踪もまた自殺と同じくらい魅惑的なテーマだ)。ある人が旅行に出かける、勿論帰ってくるつもりで。でも、帰らない。
 唐突にもう帰る気持ちを失い、突然何もかもを失い、一瞬で今までの人生を失うということが、堪らなく魅力的に思えて仕方ない。思うだけならまだしも、なぜか簡単に実行できそうな、いや、必ず実行してしまうだろうことに気付いてしまう。そして失踪する。
 自殺について考えることと、自殺を決行することは違う。失踪も同様だ。誰でも、どこか遠くへと逃亡する自分を夢想するくらいは憶えがあるはずだ。だが、ある日ふと思い立って失踪を決行する。空想して遊ぶのではなく、本当に何もかも捨てて、目的地もなく、ただ見知らぬ場所を求め、出発する。
 それは一体どんな気分なのだろう。未知の場所とはつまり自分の頭の中にない場所だ、どこにあるのか皆目検討もつかない理想郷、決して辿り着ける気がしない土地を目指して、行く当ても生きる当てもなくさ迷い出す、魂そのものが彷徨い出るように。

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 偶然撮れてしまった写真。シャッターを切るつもりもなく、ただ何かの操作ミスによって、押されてしまったのだろう。何が写っているのかさえ分からない、ブレと露出オーバーによるパステルカラーの抽象絵画。それがどういうわけか、息を呑むほど美しい。それは確かに私の撮った写真なのだが、そこには撮影者の意図は全く介在せず、撮影技術すら関係なく、行為に関わるいかなる主体的意志とも無関係である。それなのに余りにも美しいがゆえに、私はもはや写真において、撮影を意図したり腕を上げるなどということが全くバカバカしくなってしまう。

 以前、空虚を専門に撮っているという青年写真家を見かけたことがある。ひたすら虚空に向けてシャッターを切り続けていた。通常の風景なら、そういう場合ピントは無限遠に合わせる(あるいはオートフォーカスによって自動でそうなる)ものなのだが、その写真家はわざとピントを手前にあわせて、何も写らないピンボケ写真を撮り続けているのだという。時たま偶然に、レンズの前を横切った虫や埃にピントが合ってしまうこともあるが、そういう作品はすべて破棄してしまうらしい。たとえどれほどその偶然の写真が素晴らしいものでも、それは自分の作品ではないということなのだそうだ。私はむしろ、そういう偶然の中に、神の意図のようなものを見い出す面白さがあるのではないかと、残念に感じたものだが。

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 不意に浮かび上がるその横顔を見る度、何か美しくも不吉な神を見てしまったような気になってギクリとする。女神が常に慈愛に満ちたものとは限るまい、生を司る神は、死をも司るものだ。真夜中、灯火もなく、隣で寝息を立てるツキをオレは必ずしもただ愛しいだけの存在として見てはいないことに気付く。

 空間を占有しているのは、物体だけではない。ある種の力が、見えなくともその空間を占領し、支配し、独裁を布いていることはよくあることだ。逆らった場合の刑罰は、重い時は死罪を言い渡されることさえある。いつの時代か、どの国での話か。……いや、おそらく現代でも、どこかの国では。

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 歩き回る快楽と、歩き回る苦痛。真夜中の不審者として怪しまれるリスクは、いわゆる郊外で増大し、都心と田舎では減少する。

 私はひとりの睡眠歩行者として、夜を歩き回る宿命を持っているため、どのような環境下と条件下においても、そうせざるを得ないのだ。これは一種の病であろう。影を失くした男は、自ら影にならざるを得ない、まあそういうことだ。

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 人工的な冷気が鼻腔と首筋を突き刺し関節を切り落とそうとするので、ツキは窓を開け放ち視界に入るすべての空調設備に憎悪の視線を送りつける。彼女の発した呪いは、少なくとも数件の冷房機器に対して決定的なダメージを与え原因不明かつ修理不能の故障という不可解な破壊活動となって顕現するだろう。

***

 オレは見たんだ、ツキ、ビルとビルの隙間、夏至の夕暮れ、斜陽が奇跡のように下層まで届いて、壁の向きが丁度その方角と平行だったんだ、だから奥まで光が届いて……鉄骨階段が有った、その下に猫が一匹蹲っていて、黒っぽい猫だったけど、あるいは影になっていたせいかもしれない、ともかくその猫は太陽に背を向けていて、だから背中が後光のように輝いて、で、猫の一対の瞳も、その一瞬、黄金色に燃え上がったんだ。その時、見たんだオレは、ツキ、信じられるかい、猫の瞳が真ん丸になって、光線が迸り出て、その中から船が……虚数船が飛び出してきて、瞬く間に巨大になって、林立するビルの海を、陽光を浴びて半透明に輝きながら、進んで行ったんだ。本当に、一瞬の出来事さ、日が沈んだ瞬間、船も沈んだようにかき消えてしまって、呆然としながら振り返ってみると、あの猫ももういなくなってたよ……

***

「幼い頃だった。母がオレたち兄弟を呼び集め、一人一人丁寧に畳んで、クローゼットの引き出しに仕舞い込んだ。それで一人で旅行に出掛けちまったんだ。それっきりだぜ、母親とはさ。何年後かにオレは、十センチ角くらいに四角く折り畳まれたままの姿で、リサイクル業者のオヤジに発見されてさ、役所に提出されたんだ、クリアファイルに挟まれて、書類みたいに。懐かしいな、もうその時には兄弟たちも行方しれずだったよ」
「あなたたち駄目よ、ゼロの話をまともに聞いちゃ。半分くらいはウソなんだから、信じちゃ駄目。いいね?」

***

 暗がりの奥から現れるのは、光、夢、死、ノイズ……様々な色彩が黒でカモフラージュされ、錯視を誘発し、感覚を開かせる。やがて風がやって来る。強い風が。身体を通り抜ける向かい風が。大きく息を吸って身構えろ。
 ツキは、ゼロの話した虚数船の出現を、自分なりに追体験している。猫の瞳はいつのまにか巨大な窓になり、身体になり、子宮へと変わる。産み落とす自分と産み落とされる船、そしてその光景を見ているもう一人の自分……。
 ゼロは言ってた、自分が何人いるのかも、わたしが何人いるのかも、わからないって。見るわたし、産むわたし、もしかしたら、船に乗り込むわたしもいるのかも……

***

 ガラスのタワーから孤独のシグナルが放射されて、世界中のアンテナが聴き入ろうと周波数をそばだてる。明滅する光の呼吸は、惑星の対蹠点にある幽かな焔しかない国の空に瞬く星々と呼応しているのだが、誰にもそのタイミングを計ることはできない。タワーが砕ける時、ひとつの日常が終わる。

 ふうん? と言ったきり、ツキは黙りこくってしまった。所在なく、私は潜り込むための場所を求めて、乱雑な室内をうろうろする。ページからページ、言葉から言葉へと渡り歩き、やっと見つけ出したのが、マルテの冒頭を反転させた「人々は死ぬためにこの都市へと集まってくるらしい」という文字列。
 まったくもう!! よりによってどうしてそんな!? ツキが手当たり次第、書物を私に投げつけ始めたので、私はたまらず屋外へ退散する。
 歩きながら、少し落ち着いてきたので、図書館に駆け込んで、気になった書名を片っ端からメモに書き付ける。ランダムに散らばった語の連続を眺めるだけで、まるで詩を読んでいるような気になって満足する。文字は葬列の厳粛さを帯びて、私の脳髄を通過し、哀悼の語となってレクイエムを奏で響かせる。
 図書館の有限の回廊を無限に行きつ戻りつし、書物の有限のページを無限に繰り返し繰り継ぎ捲り直し、ページの有限の行をやはり無限に行きつ戻りつし……ほとぼりが冷めるのをただ待つばかり。

***

 商業都市にとって祝祭の雰囲気は、集客のためにどうしても欠かせない。それなのにこの都市は本当のところ、祝い祭るべき何ものも持ってはいないのだ。過去、絶望的潰滅の淵から奇蹟のような蘇生を遂げはしたが、その際この都市は、神や畏怖や敬虔といった大事なものたちをすべて削ぎ落とすことによってようやく立ち直ることができた。そのために都市が纏わねばならなかった祝祭の衣は、奥行きのない扁平な華々しさの放つ底冷えの寒々しさであり、鉄とガラスにへばりついた高音域の得体の知れぬ賑やかさであり、それらが独特の光線具合となって衣の色相を規定している。この明るく寂しい極彩色の光から、虚無の黒い風が巻き起こり、虚数船の帆を大きく脹らませて推進させる力になっているのだ。舞い踊り続ける衣から煽ぎ放たれる夢幻の風。

***

 カラスが、桟のちょっとした出っ張りに器用に留まって、窓の外からオフィスを覗き込んでいる。地上百メートルに近い高層階、フィックスガラスのため窓は開かない。それを知ってか悠然と、いやむしろ嘲笑うかのように、数羽のカラスが横に並んで、中の人間たちを観察している。
 女子社員が怯え、いいところを見せたい男性社員がカラスを脅す仕草をするも、むしろかなり滑稽であり、カラスでなくても憐憫の失笑を抑えきれない。黒く輝く鳥たちは異様なまでに冷静で、動物園の檻の中を覗いているかのように楽しげでさえある。正直、この私でさえも若干不気味に感じたほどだ。
 オフィスなどと書いたが、私は会社員ではない。侵入しやすく、眺めがいいからという理由で、ただそこに入り浸っているだけだ。彼らには私の姿は見えない。見ようとしないせいだろう。虚数船に気付かない振りをしているのと一緒か。
 以前そこから見物した落雷の景色が美しかった。社員たちも仕事そっちのけで、その稀有なショーに歓声をあげて見入っていた。
 また見たいものだが、色々な条件があるから、あまり期待はできない。それでも、夕立が降りそうな夏は、そのオフィスを訪問する頻度が増えてしまうのは、やはりどうしても期待してしまうからだ。

***

 眠りの淵でグラグラしてるときって、ほんとは淵じゃなくって分水嶺に立ってるのよ、どちらに流れてもいいの、夢と呼ぶ現実か現実と呼ぶ夢か。じゃあ今夜はアフリカで逢いましょうか。

 オーは夢見ている、アフリカを、バオバブを。砂漠を、草原を。麒麟に尋ね、象と見つめ合い、ジャッカルと唄い、インパラと躍る。なんとたわいのない……食物連鎖から外れた亡霊だ。

 虚数船が現れるのは黒い風が吹く日だけよ、赤い風や青い風の日には現れない。でも、そうね、時々、全く無風の日に、サルガッソーに囚われた幽霊船みたいに、なす術なく漂っているのを見かけることもあるけどね。今にも沈みそうなくらい、重たぁい感じで…… なるほど、ツキは風の色が読めるらしい。

 昨日の風は赤い風、血と林檎と命の焔。今夜の風は青い風、薔薇と蜥蜴と鬼火の灯。明日の風は黒い風、黒いお船を待ちましょう。

***

 東京湾に座礁した巨鯨が打ち上げられたと聞いて、ツキと連れ立って見物に出かけることにした。海浜公園の埠頭は、お祭りのような人だかり。アイスクリームや焼き玉蜀黍などの屋台まで出張ってきていた。
 ぼくらはモービー・ディックのような白鯨を期待していたのだが、残念ながら黒光りのする堂々たる抹香鯨……いや、違う、鯨などよりもっと大きい、遠目ながらも、あれは間違いなくどこかの国の原子力潜水艦だった。
 しかし、周囲の野次馬達は全くそんな素振りも見せず、ある家族連れは親子揃って鯨クジラと喜んでいる。誰の目にもあれが鯨に見えるというのか。思わずツキを見ると、彼女はただ静かに首を横に振り、それから小声で、もう帰りましょう、と呟いた。

***

 もし虚数船の航路が、海漠や砂漠ならば、きっとその優雅な流線型の船体と蝙蝠の翼のような軽やかな帆が、空間の広大なひろがりに映えることだろう。だがこのビルの林立する街漠とでも呼ぶべき光景においては、ただその不吉さと沈黙と辿々しい重苦しさのみが強調されて、気分が沈んでしまうのである。

 幽霊船の船員には、私のような亡霊じみた人間こそ相応しい筈だが、いったいあの船には誰か乗っているのだろうか、それとも無人だろうか。

***

 水滴の音で目が覚める。水位が低下している。天井からぶら下がっている色んなものが目に付く。何かの尻尾のたぐいが多いが、違うのもある。蛇、猫、馬、牛、鮫、鰐、鼠、蜻蛉、雀蜂、揚羽蝶、尾長鶏、これらは尻尾。それから、緑青のふいた真鍮の鎖、注連縄の切れっ端、汚れた包帯、リボン、木の枝、蔓、蝙蝠の翼、ネガフィルム、臍の緒、ザイル、あと全く判別不明の何か。それらが、全く無秩序に、所狭しと天井から吊り下げられており、立ち上がると頭や顔にかかって鬱陶しく気持ちが悪い。なぜこんなことをするのかとツキに尋ねると、あたしじゃないと返答される。ツキはオレがやってると思っていたらしい。二人して顔を見合わせ、少し様子を見ようと結論する。エネルギー残量僅少のため、動く気になれないのだ。
 水滴の音は続いている。どこかで漏れ出し、水位低下中。身体は動かず、仰向けの視線が薄明かりの中で、天井の異物の間を泳ぎ回る。

***

 ねえゼロ、もしあたしが、あなたの鍵をなくしたら、どうする? この女、さらりと怖ろしいこと言いやがる。瞬時に凍結した背筋をむりやり砕氷しながら、俺は平静を装い尋ね返した。で、なくしたのか? ツキは暫く沈黙し、試すように俺の眼を覗き込んでいたが、いいえ、まさか、と言った。そして、信じてないの、あたしを? と俺をからかうように挑発する。このサディストめ、遊んでやがる。どんな答をしようが、どうせツキの思う壷なのだ。知るもんか。俺はともかくそれだけ言って、部屋の角へ移動し、小さく丸くなった。こうする以外、防御策はないからだ。鍵とは無論(言わば)俺の生命の鍵であり、それなくしては、俺の命の発条(ゼンマイ)を二度と巻き上げられなくなるものだ。
 鍵と言えば、よくある話ながら、部屋の鍵をなくしたこともある。それからだ、鍵がなければ入れないような部屋には二度と住むまい、そう決めた。住居の鍵を持ち歩く亡霊など聞いたこともない。だが、わが生命の鍵(命ある亡霊!)だけは……その鍵は言葉の形をしており、ナイフであり、媚薬であり、睡眠導入剤であり、ネクタルであり、転送装置であり、本当の名前であり、自動体外式除細動器AEDである。バベルとは逆の言語。

***

 わずか数時間前には、こんな場所に彷徨い込もうとは夢にも思わなかった。都市の地下深く。黒い壁、黒い床、黒い天井……材質は鉄、コンクリート、石、レンガ、木材、たぶんそれほど異質なものではないのだろうが、悉く黒く塗りつぶされて……何と説明したらいいのか、広大な牢獄なのだ。すべて黒一色だが、暗闇ではなく、何らかの間接光によって照らされ、手に照明を持たずとも歩き回れるくらいの明るさはある。黒いのは建築物だけではない、無数に動く人々もまた、黒く、薄く、顔が見えず……つまり文字通りの人影なのである。大きく重い鉄鎖が幾重にも天井からぶら下がり、その用途を想像しても、人間を縛りつけ吊り下げるほか思い当たらない。処刑台へと向かう階段、断頭台のような木枠、ところどころ鉄の輪っかを埋め込んだ石やコンクリートの壁、看守たちが立っていそうな塔や、建物から建物へと渡された橋/空中歩廊では刑罰の執行の際には野次馬どもが犇き屯するに違いない。牢獄、そうだ、ピラネージの牢獄! 黒い脳髄を持ったこの十八世紀の男もまたこの地下世界を訪れたことがあるに違いない。この暗く不吉な世界を驚嘆の眼で以って捉え、版画に刻み込んだのだ、きっと。
 私は手招きに弱い。女や子どもにも弱い。だから、小さな男の子が、暗い路地の入り口に経って、親しげで秘密めいた微笑を向けて手招きしていれば、ついふらふらとついて行ったりしてしまうのだ。バカよね、とツキは言うが、彼女だって私を手招きで呼び寄せたクチではないか。
 ともかくも、数時間前、いつものように目的もなく街路をうろついていた私は、男の子に導かれるまま路地の奥へと這入り込んでいったのだ。もしかしたら、クスリでも売りつけられるのではないかと、チラと思わないでもなかったが、それでも私はついて行った。見知らぬ界隈で、いったいどこに向かっているのかよくわからなかったが、ビル群に挟まれた狭い路地は案外深く、巨大な洞窟か迷路をくぐり抜けている気分になった。男の子は振り返りもせず、一心不乱に突き進んでいった。やがて路地が突き当たり、目の前に大きく真っ黒い壁が立ちはだかった。
 男の子は漸く私のほうを振り返ると、またも手招きして、壁をよく見るようにと誘う。そのとおりにしてみると、男の子は右手の人差し指を壁に近づけ、第一関節あたりまで潜り込ませた。穴でも開いているのか。私が目を凝らすと男の子は頷いて、更に指を進ませ、やがて手首、肘、肩までが壁にめり込んだ。驚いた私の右手を掴んで、男の子は一気に全身を壁に投げ込み、私をも引っ張り込んだ。数秒か、数分か、耐え難い吐き気を堪えながら、朦朧とした状態から意識が戻ると、もう男の子の姿はそこにはなく、私は牢獄世界に立ちすくんでいたのである。

***

 宣言。現在形を多用するのは、時系列や時制を超えて、この世界が無時間化している表れである。一般化され、同時性も歴史性も失った時間、無効化された時間。夢幻時。そこでは現実とはまた別の因果律によりまとわり絡みつき巻きヒゲを巻き取る糸巻きの巻きつく軛に縛られ、喪失した現在の行方を尋ね……

***

 眠り、瞑っている瞼の奥で、オーの眼球が活発に運動している。かすかな振動と多少弱々しくもある呼吸と胃から大腸へと繫がる内臓系の蠕動・回転音。ツキは手を伸ばし、片側だけ見えているオーの頬に掌をぴったりと押し付ける。冷んやりした手の感触で、オーは目を覚ます。ただいま。あら、おかえり。

***

 白昼の街路。時間の部分的停止。片側に高い壁が立つ歩道を行き交う人々が停止し、自動車も、飛翔中の鳩も、落下中の林檎も、下落中の株価も、何もかもが停止した世界で、その白い壁に投げかけられた歩行者達の影だけが、ゆらゆらと不穏に伸縮し、この停止状態から抜け出そうともがき悶えている。他に動くものといえば、壁の隅で丸まっている黒猫の尻尾と、オーの視線。
 歩き、そして眠る。この単純な行動の内に、幸福も、破局も、影も、虚数船も、何もかもが織り込まれ、折り畳まれている。何もかもが。 ──昨夜、ツキと抱き合ってうとうとしている時に、二人のうちのどちらかが言った言葉。
 スクロール。巻き取り、流し、送り、目まぐるしく移動する。みんなどこへ行こうとしているのか、どこに向かって……行き先も決めず動き回るのは、もともとさほど特別なことでもなかったはずだが、今では無謀な行為のように思われているのだろうか。
 計画? 公の、極秘の、陰謀やら、目的やら、成果やらがつきまとう、やたら窮屈な道筋。しかもよく見れば、結局それらも、大した目的も成果もなく案外闇雲に蠢いているだけだったりする。彼らもまた、睡眠歩行者なのだ。ただオレとは違う夢をみているだけで。つまり、オレを追いたてている獣と、彼らを追いたてている獣は、違う獸ってことなのさ。
 今晩オレが夢見る都市は、無数の足跡だけで現前している都市だ。建物もなく、人もなく、街灯も街路樹もなく、ただ道と、そして薄闇の中に茫と浮かび上がる蛍光色の足跡。得体のしれない過去と得体のしれない未来が記された歩行文字。読み、夢見て、辿る。

***

 混雑する電車内をするすると蛇のようにすり抜けるツキを見ていると、もし彼女がスリにでもなったら相当荒稼ぎできそうだなと、つい考えてしまう。もともとぼくらのような見えない種族にとっては、人が多ければ多いほど透明度が上がるのだ(むろん比喩的な意味でだよ。ぼくらが本当に透明だなどとは思わないように)。ぼくらは気配が薄く影が薄く色素も薄いが、そんなぼくらに気付く人達もたまにはいる。もしそれが観光中の欧米人だったりすると、ぼくらのことを忍者だと信じ込むらしい。まあ、あながち間違いでもないが。
 ツキと二人で死者の家を見に行った。悪趣味だよね、あたしたち。悪趣味だな、俺たち。死者の家は、多くの画廊が立ち並ぶ一画にあって、どういうわけか誰も注目もせず、苦情も出ない。どう見ても不吉で、禍々しく、家先のディスプレイの中で揺れ動く死者達や、入口脇の壁に引っ掛けて吊るされた屍体など、明らかに公序良俗に反しそうなものなのに、もう何年も営業しているそうだ。全くおかしなことが多すぎる。
 家の中はそれほど広くはない。というより、はっきり言ってかなり狭苦しい。その中に、様々な屍体が、死因と年齢と臨終の言葉と死亡時の状況などを簡単に紹介した紙切れを商品タグのように取り付けられて、ひしめき合っているのだ。人間の尊厳はどこに行った? 主らしき老人は、わしは死者達をないがしろになどしておらぬし、畏怖と敬意を籠めて毎日接しておる、むしろ死を目に付かぬ所に遠ざけ忌避し軽んじているのはお前たちではないかと、低く激しく静かな口調でそう言った。
 くつくつと老人は笑う。フェイクさ、フェイクなんだよ。まさか、と俺達は目を見合わせる。やっぱりね、と言いたいところだが、老爺のその発言がフェイクかもしれない、と躊躇したのだ。老人は勝手に続ける。この屍体達は、本当は屍体でさえない。なぜならこれらには未だ嘗てただの一度も魂の入っていたことなどないからさ。これらに生前などという季節はない。いや、生まれる前、という意味なら勿論正しいのだが。おかしな言葉だよ、生前とは。もちろん骨も肉も髪も爪も全てきみらと同じ素材でできている、そういう意味でこれは本物だ。しかし生きていたことなど一度もない、細胞を分裂させたりホルモンを分泌させたり体液を循環させたり摂取と排泄を繰り返したり、そういう一切の活動はなかった。最初からこのように乾涸び、黒ずみ、腐敗しかけのまま固定化し、木乃伊か化石よりもむしろ鉱物か虚無に近いものだ。こびりついた血の生々しさも、カラスの嘴の痕が残った眼窩も、刃物に刻まれた腑も、何もかも見かけ通りのものではないのさ。確かにこれらには最初から魂などなかった。だがそれだけの違いしかない。嘗て魂を持ったことのない物体と、既に魂を喪ってしまった屍体と、何が違うのかね? 何も違わんよ。そしてな、私達は誰もが皆、死者なのだ。ある意味ではな。まだかろうじて魂が残っている死者なのさ。
 ところで、ここをどうやって知ったのだね?
 そう言えば、俺達はなぜここに来ようと思ったんだっけ?  誰から聞いたんだ?
 くつくつと老人は意味ありげに笑う。まあいいさ、またおいで。

***

 水滴が、きまったリズムで間を取り、一滴、一滴、着実に容器を満たしてゆく。そういうイメージを世界という時間の背景に抱いている人は少なくないはずだ。ゼロはそうじゃないみたいだけど、わたしにはある。
 この水滴の落ちるイメージは、わたしの人生の背景で常に働き続け、わたしにその時々の行動を促してきた。小さな容器に、間断なく落ちる水滴は、すぐに満ちて溢れ出す。仕事やセックスや調理など日常の細々した時間。
 もっと大きな容器で、もっとゆったりしたリズムなら、月経や季節遷移や旅行計画や絵画制作とか。妊娠や結婚もそうなのかしら。更に容器が大きくなれば、これはもう人生の時間、命が満ち、命が溢れ、命が尽きる。確かに水滴は落ち続け、容器の中は確実に満ちていってる。わたしのも、ゼロのも。
 ──そして、最も大きな容器は、世界そのものの容器、世界の時間。すべての水滴の落下とそれを受け止める容器の背景にあるそのイメージは、大き過ぎてはっきりとはわからない。
 世界はまだまだ続くのか、それとももうすぐ終わるなんてことあるかしら……ポト。……ポト。ずっと聴こえてるこの音に、終わりがあるのかな。
 向こう側から浸透してくるものを、受容器に受け止め、一滴、一滴と、溜め込んでゆく、そうやって徐々に増え、満ち足り、満ち溢れ、溢れ返り、こぼれ落ちるようになった頃、再びそれを向こう側へ戻すために、重くなった受容器を捧げ持ち、自ら向こう側へと渡ってゆくのだ。

***

 この都市で姿を見かけるのは多数の若者。老人たちも増えてきた。しかし子どもが遊び駆け回り叫び笑い泣き探検する姿だけはもうどこにも見かけない。虚数船が子等を連れ去ってしまうからさ──そんな噂を流してみたくなるほど、いない。
 いずれは若者達も消え、老人達と死者達だけがこの都市を彷徨うようになるのだろう。

 私たちの、白い壁の家。この家の、窓のない広い外壁に写し取られた影達が、この日一斉に起き上がり、海に向かって行進を始める。クレーンが建ち並び直線的な海岸線で構成された人工湾へと、行列は長々続く。やがて陸と海との境界線に至ると、一人、また一人、影は海に飛び込み消えて行く。彼らは立ち去る、またやって来るために。待ってるよ、私たちも、その再会の日を。だから、良い旅を。

***

 頭部の真ん中に大きな目玉をひとつだけ持った白象が現れた。三階か四階建の建造物くらいある。半透明なのは異界からの投影/投映だからか。キュクロプスの象バージョン。または、額の真眼だけを見開き、通常の目は喪失したガネーシャ。
 虚数船同様この世のものではなさそうだが、ウトナ翁が徐に声を掛けると、長い鼻を高々と振って挨拶を返した。象は不気味だが、爺さんも相当に怪しい。ヒトではないのかもしれぬ。
 しかし、一つ目の象の出現に、小さきものたちは結構喜んでいる。虚数船以外に、新しいアトラクションがまたひとつ増えたと言いたげに、象の太い前脚の周囲をはしゃぎ回る。完全な干渉がないので、誤って踏まれたところで潰されはしない。せいぜい風に吹かれた程度だろう。
 後から噂で知ったが、象はやはり虚数船が連れて来たらしい。もしかしたら、船には他にも多数の異界の獣達が乗り込んでいるのかもしれない。ノアの方舟のように。

***

 虚数船を見る者と見ない者の差はなんだろう。不思議なことに、感受性の鋭敏さとか、思想の素朴さとか、視力とか、体質とか、あまり関係なさそうだ。まだよくわからないのだ。ただ、見る者の方が圧倒的少数だということだけわかっている。それだけサンプルが少なく、有意な統計結果とならないのである。

***

 たくさんの亀裂、たくさんの漏洩、たくさんの重複とズレと差異と視点。それが、我々の宇宙と虚数船の宇宙の関係。

***

 初めて真夜中の虚数船を見たが、暗い背景に浮かぶ船体は、幽かに輪郭が輝いていた。それに、夜光虫を刺激しているかのように、航跡までも青白く輝き、攪拌して見えた。
 夜の航海は、静けさと星空と闇と航跡と波と風とによって、本当に素晴らしい。そう感じた瞬間、その僅かな一瞬だけだが、あの船に乗って航海している自分と、その視線とが、生々しい幻視として実感できたのだった。それに船体の軋みや、揺れや、軽い船酔いさえも。

***

 突然テーブルに飛び乗って台詞だかなんだかを大声で喚き始めたからびっくりしちゃって目の前の脛を思い切りフライパンで殴ったのねそしたら飛び上がって天井に思い切り頭ぶつけてテーブルから落っこちて埃もたくさん落ちてきて足抱えて唸って痛そうだし滑稽だし掃除しなきゃいけない腹立たしいし笑って泣いて怒ってを同時にやったわあたしまったくどうしようもねーやつだなゼロは──

***

 夕刻の中景。鳥たちが一斉にはばたき、舞い上がり、また舞い戻る。その度に、船全体の黒いシルエットが膨らんで霞み、また凝縮する。かまびすしい囀り。鳴き、集い、留まり、飛び立ち、降りる。

 前檣、主檣、後檣。日没の赤い陽光を背景に堂々と聳える三本の巨樹──それは単なる喩えではなく、元来の姿でもある。これらのマストの為に必要だった幹の太さと高さを持つ樹を思い起こせ──の輪郭(シルエット)が、既に森なのだ。
 のびのびと拡げた帆桁の逞しい枝から枝へ複雑に張り巡らされた蜘蛛の巣のような索は蔓、そして垂れ下がった三角帆や風を孕ませた横帆は繁茂する葉。翼休める鳥達の群が、金星の出現を招き、森の夜と空を髣髴させる。静かに流れ、時を、運動を、生々流転を、強度を体現する。
 そうとも、船は島なのだ。
 やがてもぞもぞと、おもむろに、捕食者達が動き出す。音と匂いが森を支配する。鳴き、這い、忍び寄り、窺い、飛びつき、飛び退き、警戒し、静まり、息をひそめ、躍りかかる。襲い、襲われ、音を出し、音を殺す。吐く息の匂い、内臓と血と排泄物と植物達の濃厚な匂いが充満し、月のように満ちてゆく。
 島の森は、生命に輝いている。 ──オーは、そしてツキは、幻によって幻を見ている。船よ。島よ。世界は二重にも三重にも飛翔し降下する。

***

 居住区では多数の人間が仕分けられた箱の中で互いの顔を見ずに暮らし、執務区では多数の人間が仕切られた箱の中で電子的な処理に没頭し、それらの区域を連結しているのは数珠繋ぎの細長い箱車であり、詰め込まれた人材資源が朝夕に運ばれる。
 様々な箱によって区分けされ分類され流通され消費され、最期は小さな箱に詰め込まれて焔に包まれ、灰と化してもっと小さな容器・壺に骨の欠片が移される。個の終焉。
 ツキの横顔を眺めながら不思議な感慨に捉われる。その小さな頭部にも頭蓋骨や眼球や脳髄や内耳やその他一式が他者と同じように収まっているのだ。皮膚の下を想像すると何かが壊れる。同時に何かが生まれもするが。
 オーははっきりした理由も判らず不意にツキの頭部を抱きしめ、彼女を驚かせる。逆転したサロメとヨハネ。窓から差し込んだ冬の斜陽が二人の輪郭を浮かび上がらせる。

***

 意識の水面を覗き込む。完全に浮かび上がる前に、再び沈んでゆく形なき胎児たち。水面に到達できずに沈んでゆくのなら、それは泡(あぶく)になりきれるほどの軽みと輪郭を獲得し損ねたということなのだろう。色、形、言葉、重さ、感情……。少なくとも今はまだ、なにものでもなく名前のない胎児たちに対して、例えば水中に両腕を突っ込んで掻き浚い無理矢理引き摺り出すようなことはせずに、自発的に浮かび上がるまで待つ。それで充分だとツキは思う。

***

 そうして生まれてきた子らは… 塔、魚翼鳥、大気体、☁、濤、☀、墨、海羊、など。いずれもツキの周囲を自在に動き回っている概念子たちである。
 ツキは鍋をかき回しながら彼等の存在位置をぼんやりと(だがかなり正確に)把握している。もうすぐ多くの養分を含んだ美味しいスープが出来上がる。ゼロがどんな顔をし、どんなことを言うか楽しみだ。

***

 風に煽られ、タワーやビルや橋やスカートやペーパーバックやタブロイドや傘や歯ブラシやハイヒールやシルクハットやサリーが揺らめき、舞い飛ぶ。はためく黒旗は、虚数船がどこにも属さないことを示している。雲の流れが川のように速く、空に転写された水面のようでもある。
 人々の影が本体から引き剥がされて、ひとつ、ふたつ、またひとつ、と飛ばされてゆく。影を失った人々は茫然と紙のように揺らめきながら、それでもその場に留まり続ける。

***

 内なる水滴の音。間隔は、およそ呼吸百回分くらいか、かなり間遠と言える。このため、耳を澄まし過ぎたり、意識を集中し過ぎたりすると、却って聴こえなくなる。ぼんやりと無数の触角を全方位に向けて、球形の待機状態になっている時によく聴こえる。

 真夜中の太陽と真夜中の図書館。その既視的な映像が、ツキの裸体へとなぜどのようにして直結するのか、そのシステムがオーには解せない。でも、事実そうなのだ。そして、ツキはまた、あの水滴の音像についてうっとりと話し始め、オーはうとうとし始める。

 これは夢の手記なのだ。でも誰の?

***

 雲。空に真白く光り輝く、この巨大で軽やかな構造物こそ、あらゆる理想の形なのだ。停泊中の虚数船のメインマストの尖端に休翼する鴉の視線。無論、思考は鴉ではなくオーのものだが。あの鴉も、ツキの部屋で施しを受けた一羽かもしれない。だとしたら、あれも俺の兄弟のようなものだ、とオーは思った。

 死は一切の消滅ではない。緊密に連携し共同していた分子がバラバラにほどけ拡散するが、なくなるわけではない。意識の闇が訪れ、記憶が失われ、個としての世界認識が奪われても、種としての記憶がそれぞれの構成員や共同体の中に残され、分子集合の記録が断片的な形で物質の中に生き残る。

 不定形の書物。脈絡のない言葉。世界とはそのようなものだ。

 Cold water! 身体はひとつの川だ。水を素早く吸収し、素早く排出する。水は生命にとって最も重要なものであり、生命の基本である。少なくともこの星の生命にとってはそうだ。川? 海流じゃない? だってわたしたちは海からやってきたのだもの。

 海辺の岩に腰掛けて、脚をブラブラさせているツキは、まるで少年のように見えた。ほっそりと頼りなげに、ツキは水平線を見つめていた。
 珍しく澄み切った空に、美しい形の雲が浮かんでいる。それを眺めることの単純窮まりない感動、単純窮まりない喜び。

 我々はすべて、たったひとつの種族から始まった。たった一度きりの発生から始まった。およそ40億年ほど前の、たった一度きりの奇跡のような誕生から始まった。今この星に生きている生物達のすべてが──最も単純な者達から、最も複雑な構造を持つ者達まで、そのすべてが等しく40億年もの歳月の記憶、遠い遠い記憶を抱え、積み重ね、新たな記憶を蓄積しながら生きているのだ。大雑把に言えば、この星の全生命はすべて、たったひとつの共通の祖先を持った兄弟達だと言える。尤も、兄弟だからといって互いに理解し合ったり、愛し合えるというわけでもないが。だが、こうは言える。この地球上で、これまで生物達の引き起こした(そして現に今も行われている)様々な争いごとは、すべて、壮大な兄弟喧嘩であり、兄弟殺しだということだ。ぼくらは何の憎悪も持たずに殺し、特に負の感情を抱くこともなく(いやむしろ喜びすら持って)それらを食糧として生きている。ぼくらは常に兄弟達の死を内部に取り込むことで生存しているのだ。そしてこの原理は──と、ぼくは勝手に憶測するのだが──この原理は、有機物のみに留まらず、無機物についても──つまり、この宇宙すべてについても当て嵌まる原理なのだろう。この宇宙の原理、この宇宙の因果、この宇宙の摂理、この宇宙の存在の業(カルマ)とでも言うべきもの。それがすべてだ。
 これがぼくの勝手な到達の果ての真理であり、ぼくの思考や行動の根源に在るものであり、ぼくとツキとを結びつけている深淵でもある。ウトナピシュテム! 一切の深淵を見た人よ、あなたならぼくのこの考えに同意してくれるだろうか?

 太陽系が生まれた遠い過去、ぼくらは無だった。太陽系が消え去る遠い未来、ぼくらは無になる。ぼくらの生きた痕跡も、ぼくらを構成していた分子達も、きれいになくなってしまうだろう。それでもエネルギーは姿を変え、大洋を漂う水の分子のようにして、何か別のものに循環してゆくのだろう。
 ──たとえば銀河の寿命は太陽系の寿命よりも遥かに長い筈だ。ぼくらの星の分子が解け、原子となり、あるいはそれさえ崩壊して素粒子になって散らばっても、宇宙という大洋において、それら素粒子(=エネルギー)の循環は、この宇宙が消え去るまで、止むことはないだろう。

***

 無数の歩行機械をかき分けて進む。群衆という名の二足歩行機械。狂気の足、足、足。拡散した病根と、故障寸前の魂の白い影。行き交う人間達とは目を合わせるな、彼らに同調してはいけない。あの行進に加わるな。ぼくらは急いで、この無言の戦争をやり過ごす。
 世界に点在する聖なる岩々を巡礼しながら、ぼくらは精霊たち、祖霊たちの声を聞いた。多くの声──笑い、泣き、怒り、喚き、楽しそうにしている声も満足している声もそこそこ幸福そうな声も、そしてむろんたまらなく不幸な声もあった。世界は決してひとつではない。
 試しに足下の自分の影を指でつまんで少し持ち上げてみればいい。するとそこに、こちら側と全く違う根本的に異質な世界へと通じる穴がぽっかりと開くだろう。この異界への通路を覗き込み別次元への視線の旅をしてみよう。全く別の全く思考方法の異なる概念の集合がたちどころに襲いかかってくるだろう。
 信号が赤になった。歩行機械が一斉に停止する。時間が止まる(一切の時間ではなく、彼らの時間が)。直交する歩行機械が動き出す。でもどちらもぼくらの時間ではない。

 人の一生のうち、眠っている時間はどれくらいになるのだろう。およそ三分の一から四分の一くらいだろうか。ではその内で夢を見ている時間はどれだけになるだろう。睡眠時間の一割、二割、あるいはもっと?
 そして、これが重要なことだが、夢を見ている時間もまた人生の一部なのだ。
 ある限られた時間、ぼくらは夢においても人生を過ごし生きている。それは長期間に渡って目を醒まさない者や永遠に眠り続けている者も同様である。いや、ぼくら以上に、夢の中で人生を生きている。彼等の人生は、夢の中にあるのだ。

 塞がれた。道を。上空を。これは、何か見えない軛と縄によって捕縛されてしまったのか。影が思うように動かない。或いは、動き過ぎる。
 速度を上げることが効率の追求だといった風潮に対抗するには、遅延とスローモーションを繰り返すしかない。例えば一歩進むのに一秒かけるとか。停止せず、ただ、動きをゆっくりにするだけ。
 または、待ち構えている欲望の陥穽をやり過ごすためには、唐突に速度を上げる。腕と手の振幅を大きくし、纏わり付こうとするものたちを振り払う。回転し、振動し、周波数を上げ、蝙蝠のように甲高い音波を発して……
 今、囚われの身となった私を、重く暗い閉ざされた夢の底から引き上げてくれたのは、やはりツキであった。私は確かにツキに囚われているかもしれないが、それで構わないと思う。こうして成層圏まで一気に引っ張り出して青い軽やかな光に身を包まれるのは、ツキがいなければ体験できない幸福だからだ。
 地上では、悲しみと狂気を押し隠した日常、毀れた日常が、いつまでも作動している。ゆっくりと二人で、またそこへ降りてゆく。蒼穹に長くは留まれないからだ。途中、虚数船の黒い船体が、庁舎のビル群を飲み込み、再び吐き出しながら、航海する様を見る。黒い航路、黒い航跡。
 信号機の点滅。線路の反射光。アスファルトに散りばめられたガラス質の輝き。猫の爛々たる眼。高層ビルの窓の灯り。自動車の黄色いヘッドライトと赤いテールランプ。爪の灯火。遠雷の閃光。空中水母の浮遊光。蒼い月光。虚数船が掻き乱すどこかの海面の夜光虫の発光。マストの先端に灯るセントエルモの火。投影された遠い恒星からの光。繰り返される日没と夜明けの陽光。眼鏡が反射する狂気。明滅する電子機器。切れかけた蛍光灯。カメラのフラッシュ。光の繊維で織り込まれた都市の言語が、どういうメカニズムによってか、バオバブの幽かな記憶を手繰り寄せる。

***

 長雨が続き、幾筋もの小川が現れて、銀色に輝く鱗のような紋様を渇いた大地に印字し、やがて何千年も前からそこに隠れていた大河が出現する。砂漠の変貌。ツキとぼくは、河のほとりに立って、二人きり、手を繋いで、赤い濁流をいつまでも眺めていたっけ。
 時々食糧や燃料(何もかも湿っていて殆ど役に立たないのだが)を捜しに出掛ける以外は、雨季の間ずっと何もすることがなかったから、ただ河を眺め、ずぶ濡れになり、冷え切った体を暖めるためウロに戻っては愛し合い、また出掛けて、突っ立ち、大きな流れを見詰めていた。そんな神話のような日々。
 それは本当にあった記憶か? いつの記憶か? だが確かめようもなく、かつ確かめることに意味もない。バオバブの記憶よ!
 今、目の前の白いテーブル(他人の食卓)に並んだ鰯蜘蛛の缶詰や耳蛸の燻製、ダチュラの漬物(ホルマリン漬?)などのご相伴に与り、舌鼓を打っているところだが、あまりに刺激が強烈過ぎて、こんなありもしない記憶が〈蘇る〉のだろう。

***

 柔らかい生き物が地下水脈を通じて這い上がって来る。あるいは、やはり地下を流れる隠された見えない川を通じて。運河、下水、都市のあらゆる水脈にはその生き物の秘められた痕跡が臭気や時間として刻印されていて、シジュクやケブクロ、イブヤなどでは特に強くそれを感じる。
 季節は水を運ぶ。ただその運び方が場所によって違う、都市によっても違う、それだけのこと。新しい水を、季節が運んで来る。新しい水の匂いがする。雲の中に、大気の中に、食物の中に、情報と記号の中に、あなたの目の光の中に、樹木の動きの中に、匂いがする!
 地下から上がってきた柔らかい生き物たちが歓びの歌を空へと解き放つ。

***

 マストの尖端から見渡す景色は常に二重。この船が航海する大海原と、同じくこの船が航海するうじゃうじゃ──うじゃうじゃとは、奇妙な姿形の人や建物がうじゃうじゃって意味だが。この海域にさ迷い込んでからというもの、何十年かそれとも百年は超えてしまったか。
 抜け出る術があるのかどうか、ともあれ、鉄の鯨を追いかけながら、エイハブかオデュッセウスのように彷徨う。しかしもはや本当の目的は喪いつつある。今はただ白く細い手の招きに応じ、帆を張り、帆を下ろし、舵を取り、錨を上げ、この二重の海を相手に、終わりの見えない航海を続けるのみ。
 女神よ、南極よ、船はいつになったら安らぎの島に寄港できるのか? もとより死ぬまで航海するが船乗りの定め、さりとて、時には息抜きも食糧も酒も女も珍しい獣や衣服もしっかりした地面も動かないベッドも必要なのだ!
 白き手が、黒き風をおぎよせる。その因果がまだよくわからぬ。航海日誌には、ランダムノイズと背景放射についての考察らしきものが書かれていた筈だが、今となってはもうその頁は見出せない。

***

 混雑した雑踏の中を泳いでゆく女。とても巧妙に遊泳するので、誰の注意も引いていないらしいが、こうして主檣展望台から眺め下ろしていると、その移動の優雅さは一目瞭然、航路を定める北極星のように、明るく輝いている。望遠鏡はかなりの時間女を追いかけたが、やがて見失った。
 霧。幾隻かの船影。あるものは難破して、へし折れたマストを傾かせ、船体も「くの字」に曲がっている。別のものはただ静かに停泊しているように見えるが、静かすぎる。
 暗い海面──いや、市街、あるいはむしろ屍骸と呼びたくなるような──と白く霞み朧に輝く大気と、影のみの船。ビルも信号機も虚ろであり、人も車も希釈化され消えかけている。

***

 バスルームのドアが開け放してあるのは、配管から聞こえる排水音と、俯いたシャワーヘッドの、絶望的に調和した光景を、ドア越しに愉しむためだ。それなのに、裸身のツキがその中に滑り込んで、ドアを閉ざしてしまう。
 もはや聞こえてくるのは雨音に多少類似した何か別のもの。

***

 主檣の尖端に今日もワタリガラスが一羽、彫像のような優雅さで留まっている。ワタリガラスとしても、かなり大きな部類に入るだろう。オーはいつもそのカラスが気になっている。ふと、その視点、身体、思考、飛翔を共有する空想に没してしまうことをやめられない。オーの夢想は、ツキには秘密である。
 ウジン、それともアジン、だろうか。文字ならば、烏人、あるいは鴉人、である。カラスの姿をしたヒトの化身だ。カラスの化身ではないことに注意して欲しい。姿はカラス、でも中身はヒトである。人語を解すが喋るのは上手くない。歯も舌も声帯も違うのだ、流暢というわけにはいかない。でも、もともとカラスは器用な鳥なので、片言くらいはなんとかいける。そしてこの船は、例え誰も認めなくても、我が船、所有者である。下にいるあいつは、単なる雇われ船長に過ぎない。だが本当のところあいつはいったい誰だ?

***

 疲れていた。誰とも口をききたくない気分。ただツキよ、視界の範囲内にいてくれ、10メートル以上は離れないでくれ、読書でも昼寝でも何でも好きにするがいい、散歩がしたいなら一緒に歩こう、とにかく今日は、ただ黙って近くに居続けて欲しいんだよ。
 なにその甘えん坊? まあいいわ、わかった、じゃお喋りはお終い。

***

 風がなく、陽も弱く、影は薄く、建物のスカイラインはぼやけ、大気は希薄で、息苦しく、彩度が低く、旗は萎れて、ガードレールが打ち拉がれ、アスファルトは黒く沈み、バオバブの噂は絶え、見張り達は居眠りし、交差点は無人で、世界が空っぽで閉ざされている。

 あの白い手の手招き。あの始原のもの。最初の。邂逅の。黝い空間から現れ出でたるもの。今必要なものは、欲しいものは、それだけなんだよ。その指、その爪、その透けた血管、その皴、その筋、その折れそうな手首。それだけなのだ。

 アジンよ、視点を、視界をくれ。翔びあがれ、何よりも高く。衛星の目のようになれ。

 ウトナ爺さんしれっと言った。ある自由度を与えられた系は、同じ地点から出発しても、必ずしも同じ因果を辿らない。その自由度とは、量子確率のことだ。ゆえに永劫回帰はない。

 あたしはその本、まえに見たことがある。どこでだったかしら、夢の中か、それとも図書館だったか。とは言っても、図書館と夢の中とは、結局同じことだけどね。さも当然みたいにツキが言った。

 闇の中にぼうっと浮かび上がる拳大の白い花弁の群は狂気を誘う。蛾のように舞い、輝き、風に揺れる花々。いっそ蛾のように飛び去ってくれたら。いっそ蛾のように焔の中へ消えてくれたら。だが、すべては狂気への誘いに過ぎない……

 街路から街路へ、夢から夢へ、虚ろな人々が裸身のまま彷徨う。点滅する信号機のほかに、作動している文明もなく、浮遊する人々のほかに、夢幻と知れるものもなく。

 主檣の木目の手触り。硬く滑らかで、埋め込まれたコインの跡や、しみついた潮とオイルの若干のべたつき、汗、航海のすべての記憶を含んだ手触り。帆布、索具、舫い綱、碇の、それぞれの臭いを含んだ手触り。女の、乳房の、脹脛の、耳朶の、脇腹の、腿の、腹の、頸の、瞼の、唇の、背の、上腕の手触り。

 時計という機械が時間を決めている。もし間違って、狂った時計に身を委ねると、機械ではなく人間の方が狂ったとみなされる。ひでえ社会だ、要注意。

***

「もはや書かれていない頁はない。すべてが終わった」その男は部屋の中心でそう嘆き、それでも視線は縋るようにどこか部屋の隙間に余白を探し求めている。発作に備え、拘束具が準備される。
 壁にも、床にも、天井にも、寝台にも、椅子と卓とその脚にまで、むろん紙という通常の手段も貪欲に利用され、ノート、広告、請求書、煙草の箱を丁寧に広げたその裏にまで、細かな文字がびっしりと書き込んであった。
 文字によって部屋は黒々とし、密集して蠢かない蟲の群のようでさえあり、身体が何かしらむず痒くなってくる。
 床に落ちていた本の一冊を拾い上げた。パラパラと頁をめくれば、印刷された文字の行間に、文字と文字のあらゆる隙間に、部屋中を満たしているのと同じあの独自の文字が(あの男は文字さえ作ったのだ)埋め込まれてあって、既に元の印刷文も判読できないほどだ。
 あれもな、儂なのさ。儂の分身の一人さ。ウトナが呟いた。目が暗い。

***

 部屋に立ち寄ると、ツキが紙のように薄べったくなって乾涸びていた。脱水症状を起こしている。驚いたぼくは、ツキをくるくる巻いて筒に入れ、小脇に抱えて近くの小学校へと走った。
 誰かに見咎められないように気を配りながらフェンスを乗り越え、プールサイドに辿り着くと、すぐに水の中にツキを投げ込んだ。
 水で戻したツキの肉体は、膨らんでクラゲになり、しばらく形態を決めかねていたようだが、流線型のすばしっこい魚になると、大はしゃぎでプールを泳ぎ回り、潜り、飛び跳ね、身をくねらせた。ぼくも堪らなく嬉しくなって水に飛び込み、ワニになったり、ピラルクになったり、エトピリカになったりした。
 それから二人で人間の形に戻ると、水面で交互に飛び上がったり、お互いの頭を沈めたり、足を引っ張り合ったり、散々遊んで、戯(じゃ)れ合い、あげくには水中で愛し合った。……その夜は部屋に戻るとぐっすり熟睡した。夢の中でもまだ、ぼくらは水中に棲息する生き物だった。

***

 凍り付いたマストの輝き──冬という状態、大気中に撒布された白昼の星屑を身に纏い青白き冷光(ルミネセンス)の女王が君臨する白紙撤回文、その永遠とも言える辛辣な朗読の事象において、碇泊中の世界の柩は数度の傾きを保留したまま凍結。海面には霧が蔓延り、しかしマストの尖端は透明かつ軽やか。
 アーッ、アーッ。烏として啼く。大声で啼く。喉を開き、内外を連結し、太陽風を通わせて啼く。啼哭によって宇宙を震わさんがために。黒い翼によって宇宙を包み込まんがために。パラノイアの大鴉として、途轍もない遠方に思念と視線を飛ばしながら、ただただ原初の母音、赤子の言語、一切の音の開始として、啼いている。もう朝だ。
 眼下には、我が親族のハシブトどもが、この都市の夜毎の排泄に更なるカオスを追加付与せんとして、かまびすしく跳ね回り、つつき回り、忙しいことである。二重空間によって我は都市の放つ生ゴミの臭いと凍てつく海風の香りとを同時に嗅ぎながら、二重の視線で時空コラージュを眺め愉しんでいる。

 黒い風の吹かない日が数日続き、あの船を見ない日々が続き、水滴は再び器から溢れ出し、ただ少し何かが変わった。今日は天気が良かったが、ゼロはソファに座ってじっとして、わたしの肩を抱いて離さず、殆ど喋りもせず、どこかぼんやりした視線で、わたしの顔とか、髪とか、耳朶とか、首筋だとか、手首や指とか、そんなところばかり眺めているから、何を考えているのか訊くと何も考えていないと答えた。ただ洞窟の中で、こうして二人で、吹雪の過ぎ去るのを待っているんだよ、とそんなことを言って、でも部屋の窓から見える空は青く澄んで晴れ渡っていたから、わたしは目眩のようなものをおぼえて、手を延ばして、ゼロの頭とか顎とか触って、何か異変がないか探ってみて、何もなさそうなので安心して、ますます沈黙が深まって、日が暮れるまで二柱の道祖神(さえのかみ)のようになっていた。洞窟って言った? そう、洞窟なのね、ここは。

 吹雪は暗いとは限らない。薄ぼんやりと明るく、白い風の吹きまくる、視界も思考もホワイトアウトしてしまうような、そんな吹雪もあるんだ。手の感覚だけが頼りの、抱いている肩の細さだけが頼りの、触覚だけが全世界に置換される、そんな吹雪もある。ツキは憶えていないのだろうか。

 氷河を渡った。あれはいつの記憶だ?

 記憶。私の記憶。それは、世界の荒涼とした美しさに関わっている。

 虚数船の影が通過した時、国会議事堂で愚劣な銃弾がある議員の耳を貫き、別の議員の舌を打ち抜いた。
 虚数船の影が通過した時、季節外れのコスモスが一輪、スクランブル交差点の中央に咲き、一瞬のうちに萎れた。
 虚数船の影が通過した時、テレビの映像が乱れアナウンサーがマイクに額を激しく打ちつけた。
 虚数船の影が通過した時、歯科医と精神科医が、歯ブラシと拘束具を交換した。
 虚数船の影が通過した時、図書館の閉架書庫に厳重に掛けられた施錠が破られ、数名の賊が押し入り、羊皮紙を削り取り新たな歴史を上書きした。
 虚数船の影が通過した時、ツキが何か鋭い寝言を叫び、オーが跳ね起きた。
 虚数船の影が通過した時、太陽は慌てて日向を元に戻した。

(続)

Tail-Lagoon @ 20:05

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