宇宙の死──時子(時量子)についての考察

 時間とは、変化を記述するための便法だとすれば、当然その最小単位は時子もしくは時量子として表現できる。時子(時量子)=それ以上時間を分割できない最小の時間。時子より小さな時間で変化しうるいかなる物質も存在しない。完全な不変=宇宙停止の一瞬。この小さな時間の中では、熱も光も移動(振動)せず、神すら思考を止める。完全な不変とはつまり完全な死のことである。停止した光はどこへも届かず、宇宙は完全な闇となる。……だとすればだ、時子の単位では、宇宙は存在していないということになる。そして、むろん我々もだ。

(註:物質の変化量が不連続な値を取る場合、その変化に要する時間も不連続な値を取る筈だという閃き。うまく説明できるかどうかわからないが)

(参考)量子 quantum: 一定の最小単位の整数倍という不連続な値をとる物理量の、その最小単位量。プランクの量子仮説で提唱され、エネルギー量子とよばれたが、のちアインシュタインらにより普遍的に適用できることがわかった。

Tail-Lagoon @ 00:00

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2 件のコメント/トラックバック

  1. 匿名 : 2008/04/27(日)09:27

    宇宙は、しぬはずがない

    永遠に


  2. TL : 2008/04/28(月)10:14

    こんにちは。コメントありがとうございます。
    宇宙が不死であるかどうか、それはぼくにはわかりません。またこのわからないことについて、いかなる信念も信仰も持ってはいません。ただ、宇宙に終わりがあるのかないのか、どちらにしても、ぼくら人間にとっては宇宙の存続は充分過ぎるほど永遠であることは確かでしょう。
    さて、このブログ「Another Time…」については、基本的にフィクションであるということを宣言しているつもりですので、それを前提に聞いていただければと思いますが、この記事本文は、要するに「量子」という概念についての、素人なりの素朴な疑問を、ちょっといたずらっぽく提示してみたに過ぎません。だから、「宇宙は永遠に死ぬはずがない」という信仰表明には敬意を払いつつも、冒頭に書いたとおり、ぼく自身は宇宙の不死性について(少なくとも今のところは)何らかの解答を求めるつもりはないのです。ただ、ぼくが何を言おうが考えようが、畏怖すべき大いなる宇宙は、人間の勝手な思惑とは無関係に、ぼくらを取り巻いているのだ、ということだけを感じている次第です。
    ではまた遊びに来てください。


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