島 (Draft 2012.02.02 – ) »

 風は去った。日は去った。月と星は窓からは見えない空の向こうに。線路だけが伸び、電車の車体は薄れて消える。窓に写るは速度の残滓、光の蛻。その翌朝には赤みがかった黄色い光線がまっすぐ窓から差し込む。何かのメカニズムによって、私は忘れかけていたあの島のことを思い出す。
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Tail-Lagoon @ 19:02   |   PageUp

ウラシマの家 »

 古い家だった。このあたりでは伝統的な木造家屋。至る所に祖先の痕跡が遺されていた。床をはぐれば角やら牙やらが転がり、柱や壁の罅(ひび)には髪や爪、鱗などがたくさん挟まり、階段や天井は蓄積された呻きや嗤い声に満ち、屋根は無数の溜め息の重さに撓(たわ)んでいた。死者の視線が生者の行動を縛り、規定した。祖父は娘であり叔母は息子、祖母は私だった。
 集落にはもはや他の住人もなく、ぽつりぽつりと離れて建つ家屋はどれも廃屋だった。私達は何世代もの間、この家でひっそりと暮らしていた。ここは隔離された土地だった。

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Tail-Lagoon @ 13:17   |   PageUp

蝶 »

 その蝶は特別だった。あのひとの亡骸から孵化したのだ、生まれ変わりと信じて皆が崇めても不思議はなかった。その蝶を他と区別する明らかな徴もあった。あのひとの目に酷似した特殊な青の紋様がそれだった。その蝶の為だけに拵えられた温室の宮殿で三度の冬を越し、四度目の春にその蝶は死んだ。盛大な国葬が催された。死骸は丁寧に防腐処理され、宝石を散りばめた純金製の箱に納められ、金剛石のピンで留められた。一方温室では、死の直前に産み付けられた数億の卵から、通常の変態を経ずに孵化した成虫が外へと飛び出し、一斉に国中へと広がった。独特の青い目の紋様は強い視線で民を監視しているように思われたため、次第に気味悪がられた。だが本当は、ただ単に何かを訴えたかっただけなのかも知れない。ある日、かの場所で狂ったように乱舞する大群が発見された。駆けつけた調査団はそこに置き去りにされ忘れ去られたあのひとの白骨を見出だしたのだった。蝶達は献じられた花のように見えたという。

Tail-Lagoon @ 22:00   |   PageUp

未来の古物商 »

<懐中時計>

 およそ三万年前の地層から発掘されたという古い懐中時計を、古物商は自慢気に私に見せて言った。
「今は止まってますがね、この発条(ぜんまい)を捲くと、一時間だけ針が動きます。つまりね、三万年前に滅んでしまったあの文明が、一時間だけ蘇るのですよ」

<眼鏡>

 擦傷だらけのレンズが嵌った古い眼鏡。古物商は言った「未来が見える眼鏡です。いえ、でした」
 でした? 「この傷ではもう殆ど何も。本来は何百年か先が覗けたんですが」
 試しにかけてみた。ぼんやりした向こうに何やら奇怪なものがたくさん蠢いているようだ。見えなくてよかった。

<義臍>

 用途不明のものを見つけた。黒い小さな円錐状の渦巻きの中心から五センチほどの長さの注射針がついている。装身具か医療器具か。
 古物商に質問したところ「それは義臍ですね。臍をなくした人や最初から臍のない擬人が装着するんです。腹に刺した後、孔から銀河を注入して使用します」
 理解できず、不思議そうな顔をしていると、古物商が店の奥に向かって声をかけた。「ハダリー、こっちへ」
 古物商の手招きで呼ばれた擬人は、冷たい目と華奢な腰を外気に晒したアラブ・ステロタイプ。そのむき出しの腹部には確かにさっきの器具が。
「どうぞ」白い息とともに吐き出された細い硬質な擬人の声に促され、顔を近づける。
 冷たい風。そして、奥には確かに銀河の輝く影が開いていた。

<ナイフ>

「天叢雲剣はご存知ですね。蛇の胎内に刃物が宿ることはよく知られてます。これもそのひとつです」
 何の殺傷力もない食事用の銀ナイフ。
「おや、侮らないで。百人ものひとが歯を欠き、千人が映った己の顔に驚き、万人が苦悶の涙を流したのです」
 その時ナイフが鎌首をもたげ私の目に向けて毒液を噴出した。

<冷凍庫>

 小型の冷凍庫があった。珍しい、実用品も置いてるんだな。家庭用コンセントに繋いであり、駆動音の小さい唸りが聞こえる。電源がオン?
「売り物ならその中です。でもご覧になるなら、蓋の開閉は三秒以内でお願いします。温暖化防止と節電にご協力ください」古物商はそう言ってから、少し微笑んだ。
 何か死骸でも保管してるかと少しびくびくしながら開けた。だが中に有ったのは、蒼白の光を湛えた冷たく美しい光景。白い険しい山々の谷を流れる河。すぐに蓋が閉じられた。
「氷河です。地図上には存在しませんが、ここに実在します。氷が溶けると、この地球の気候に多大な影響を及ぼしますので」

<萬年筆>

 ほう。銀色に輝く長楕円体の古風な萬年筆。いいね。取り上げてキャップを回したが外れない。
「それは宇宙船です」と古物商。
 まさか、これはどう見たって、と二三度振った時「あっそんなことしたら!」古物商が叫び、萬年筆は快晴の空へと飛び立った。サヨウナラ、と素晴らしい筆跡の飛行機雲を残して。
「行ってしまったね…」
「ええ」力なく肩を落とす古物商。
 私は恐る恐る尋ねた。「おいくら?」
「…いえ」とだけ小さく呟き、古物商は店の奥に引っ込んでしまった。また今度謝ろう……

<寫眞機>

「かつて寫眞機という道具は、瞬間を切取り銀塩フィルムに固定するための道具でした」と言わずもがなの説明。
「しかし」とここからが勿論、古物商の真骨頂である。「見てください、このカメラ。レンズしかない。そうです、カメラの本質はレンズにあるのです」
 寫眞が撮影できるからこその寫眞機では?
「無論です。まさか私がそんなこともわからないなどと?」古物商の目がここぞとばかりに輝いた。「さあ、どうぞ」とレンズをライトテーブルに無雑作に乗せると、像が浮かび上がった。
 もう滅んでしまった古い種族の姿…これは単数なのか複数なのか、彼等についてあまり詳しくはないので数え方がわからないのだが、なぜだろう、見ているうち、涙とも涎ともつかない体液が溢れ出るのを止めることができなかった。

<萬年筆2>

 おや、これは?
「そうなんですよ」と普段あまり愛想ない古物商がニコニコしている。
 こないだ私の粗相で失踪した萬年筆、ではなく宇宙船が、細身と小型と併せて三本に増えていたのだ。
「ひょっこり戻って来ましてねぇ。やはりこの星は居心地がいいらしい、家族も一緒に連れて来ました」
 責任を感じていた私は安堵して店を出た。ふと空が暗くなったので見上げると、蝗(イナゴ)のような萬年筆の大群が…

<箱>

 箱の中にはあれがいる。かりかりかり。時を囓る音がする。開けてはなりませんよ。わかってるって。かりかりかり。昼夜を措かず音は続く。駄目だ、耐え切れぬ、私には持ちこたえられない。翌日、私は結局、箱を古物商に返品した。

<バベルの文字>

「これはバベルの塔の欠片と言われています」と拳大の黒い石を古物商に見せられた。「石ではなく焼成煉瓦ですよ」
 ふむ。文字らしきものが刻まれている。
「はい。ただ、この一文字だけしか発見されていないので、何の文字かわからないのですが、既知のものではないそうです」
 子どもの落書きかも。
「その可能性もあります。しかし、この文字を声に出して読むと、かつてこの塔が崩壊したように、今度は世界が崩壊すると言われています。神の用意したスイッチらしいのです」
 へえ。わたしは咄嗟に、脳裡に閃いた出鱈目な音声を呟いた。
 ──
「おや危ない。でもよかった、まだ私達は無事のようです」と古物商は微笑したが、私は何か違和感を感じていた。一瞬前のことがとても遠く感じられた。そしてこうも考えた。拡散し波動収縮した後の、この世界とは別の私達はもういないのだろうと。古物商の掌の黒い欠片から文字がすっと消えていった。

Tail-Lagoon @ 00:13   |   PageUp

分身 »

 エレベーターのドアが開き、もうひとりの自分がそこに。私は乗るのか降りるのかわからなくなってしまった。

 やつは私の身体を透り抜けた。あるいは私がやつの身体を。いずれにしても、一方はエレベーターに乗り、他方は降り、再び別々の方角へと別れた。ただ私の意識だけが両方に遺った。

 以来、視界が多重露出の写真のように二重に結像し──私がシャワーを浴びている時、私は街路を歩いている。私が読書をしている時、私は液体を攪拌している。私が誰かと話している時、私は谷底に蹲っている。といったような具合なのだ。

Tail-Lagoon @ 23:59   |   PageUp