2010/04/28(水)
バオバブの話をするためには、まず大洪水の話から始めなければならない。
あの大洪水でぼくらが死んでから、随分とたくさんの年月が過ぎた。大洪水以来、ぼくらは霊になった。
なぜぼくらは霊なのか。それを証明するのは難しい。霊になったからといって、霊についての詳しい知識が得られるわけではないからだ。過ごした時間の長さと経験によって、ぼくらは霊であることを学んでゆくだけだ。要するに、生きていた頃とちっとも変わりゃしないってこと。でも、確かにぼくらは霊なのだ。それだけは間違いない。なぜって、ぼくらは確かにあの大洪水で死んでしまったからだよ。
大洪水より以前にも、多くの困難はあった。
例えば──海中にも大気中にも酸素が溢れ出した時、随分多くの者達が死んでいったけれど(これが生物史上最初のジェノサイドだ。生物による生物の大量殺戮)、ぼくらは生き残った。隕石が地球を襲い、暗黒になり、昼を失い、かつてないほど冷たく寒くなった時代も、ぼくらは生き残った。花が生まれ、実を結び、やがて毎年規則的に咲き乱れるようになった時も、もちろんぼくらは生き残った。多くの音楽が流され、多くの血も流され、多くの絶望や希望が溢れた時にも、ぼくらは生き残った。
だが、やがて大洪水がやってきた。──ぼくらはその時そこで死んだのだけれど、でもこうして、ただ見るだけの存在になって、世界を眺め、人間をながめ、そしてぼくら自身を眺めてきた。大洪水後のぼくらの意識と肉体(霊体だけどね)は、その後も何度となく起きたどのような災難にも耐え、くぐり抜けられるほど強靭で稀薄だった。大洪水後も更に多くの血が流され殺戮が行われたが、エーテル(アリストテレスの第五元素)になったぼくらはあまり悲しんだりはしなかった。たとえこの星からすべての生物が消え去るような事態になっても──それは本当にとても寂しいことに違いないけれど──それでもぼくらはそれほど嘆き悲しんだりはしないだろう。なぜなら、やがてまた別の生命がこの星に溢れ返るだろうということを知っているからだ。
もちろんそうなるためにはまた長い長い年月、幾百億もの昼と幾千億もの夜とが必要になるだろうし、そもそも生物が誕生するための二度目の奇跡を随分待つことにもなるだろうし(最初の生命の誕生はやはり奇跡だよ。この40億年、いまだに二度目が起きていないんだから)、あるいはその奇跡が起きたとして、次に生まれてくる生物たちは、もはやぼくらの思考や意識とは全く共通項のない、全く異質な、それを意識と呼べるものかどうか疑問を持つような、別の意識とでも言うほかない代物の持ち主たちかもしれない。でもそれならそれでいいじゃない、とツキは言い、ぼくもそんな風に考えている。炭素化合物を主として構成される生物ではなく、例えば硅素化合物で構成される生物とか、あるいはぼくらの全く想像外の何かで作られた生物とか……そういう可能性だってなくはないのだ。それはそれできっと、ぼくらが驚愕するほかない新しい未知の文化・文明を生み出してくれるだろう。文化・文明という、あまりにも人間的な定義からは想像もつかない、文化・文明そのものの再定義を余儀なくされる(それが可能なら)ような、そういう何かが、いずれまたこの星で、新しい知的生命によって生み出されるに違いない。──それにきっとどこか別の星では、すでに生まれているに違いないけどね、とツキが横からぼくの仕事を覗いてそう言った(きみにはまだ向こう側の記憶がないようだけど、でも確かにきみはそう言ったんだ)。
大洪水の頃、つまりぼくらが死んで間もない頃は、世界はまだ神話の中にあった。人も獣も、そして神々自身も、神話の中で生きていた。世界は神話であり、神話が世界だった。世界と神話とは同語反復に他ならなかった。
洪水がぼくらを襲い殺したけれど、洪水によってぼくらが生まれたのだとも言える。地表を覆い尽くしたあの濁流の泡の中から、ぼくらは新しい肉体と意識を得て(どちらも空気と同程度に稀薄で、人の目には触れ得ない)、亡霊として「再生」したのだ。
あの頃、ぼくらは今ほど注意深く複雑には物事を考えなかったし──といっても、比較的に、という意味であって、今でもぼくらはさほど周到で緻密な思考の持ち主というわけではないのだが──ツキもまた、今以上に楽天的で楽園的(そしてもちろん驚くほど現実的)だった──イヴの面影が濃厚だったという意味だが。
やがて雨が止み、水が退き始めた最初の兆候が虹の姿となって空に架かり、陽光が厚い雲を突き破って再び地上に(というか水面に)到達し、その美しさと懐かしさに、ぼくらは二人でステップを踏んで、手に入れたばかりの新しい肉体と世界を祝福し、水面をナイルからインダスのあたりまで踊り回ったのだった。恩寵を実感したのは、まさにあの時が初めてだった。
ぼくらを待ち受けている第二の死があるのだろうか。
第一の死は、あの大洪水の時だった。それまでの40億年の記憶がぼくらを襲った。肉体の死滅ということがあれほど苦しいものだとは、ぼくらはあの時初めて知った。最初の、たった一度の誕生以来、ぼくらは数えきれないほど姿を変え、構成分子を入れ替え、生体構造を変化させてきたし、ぼくらを構成する細胞だって、幾兆回もの生成と分裂と死滅を繰り返してきた筈なのだ……それでもあの大洪水は(限定された地域だけのものだったが、伝説は全地表を覆い尽くしたことになっている)ぼくらに初めて死滅の恐怖を教えてくれたのだった。
死は一切の消滅ではない。緊密に連携し共同していた分子がバラバラにほどけ拡散するが、なくなるわけではない。意識の闇が訪れ、記憶が失われ、個としての世界認識が奪われても、種としての記憶がそれぞれの構成員や共同体の中に残され、分子集合の記録が断片的な形で物質の中に生き残る。それに、ある個体が消え去ったところで、それで世界そのものが失われるわけでもない。
たとえこの星の全生物が死滅しようとも、この星そのものがなくなるわけではない。太陽が、月が、宇宙が突然消え去ってしまったりはしないだろう。
──少なくとも人類にとって、個人の死は、別の個人の新たな生へと受け継がれてゆく、そういうものであった筈だ。自分が占有していた肉体と、その肉体を維持するために必要だった土地やネネルギー資源を開放し、他の個人が使用できるようにする。命は、受け渡し、受け渡されて、継続してゆくものなのだ。だからぼくらは、あまり個としての意識を、自意識を、無闇に肥大化させてはいけないのだ。
……おっとこれは、ツキからの受け売りだったかも。
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Tail-Lagoon @ 02:51
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2010/04/27(火)
「名前は?」
「オー」
「オー?」
「アルファベットのオー。……あるいはゼロ、それともただのマルかもしれないけど……」
「どういうことかしら?」
「文字というか、記号があっただけなんだ、だから発音はわからない。ぼくを見つけた大人たちは、頭をひねったが、結局ぼくに選ばせることにしたんだ。ぼくはわけもわからず母音を発した。アーともオーともつかない曖昧な音をね。子どもの泣き声なんてそういうものだろう? 以来ぼくはオーと呼ばれることになったんだけど、それでもやっぱり疑問は残ったのさ」
「じゃあ、あなたは捨てられていたの? 親を知らずに?」
「そういうこと。前任者から聞いてないのか?」
「ええ。いかなる先入観も排除するために、わたしはあなたのことをまだ何一つ知らない」
「なるほど。……ならもうちょっと詳しく説明するとね、ぼくは汚れた布切れ一枚にくるまれて、この世界の一角に横たわっていた。その布切れに、さっき言った楕円形の記号が書いてあったってわけさ。だからきっと、ぼくの名前に違いないと大人たちは踏んだのさ。それにたとえそれが名前でも何でもなかったとしても、でもほかには何の手掛かりもなかったわけだし、赤ん坊には名前が必要だからね」
「……わかった。じゃあ、これからわたしもあなたのことをO(オー)と呼ばせてもらうわ」
彼女との初対面は確かこのようにして会話が始まったのだったと思う。どうも記憶がはっきりしない。そもそも本当に初対面だったのかどうか、それさえも疑わしい。ぼくは彼女の名前も聞かないうちから、彼女のことをツキと呼んでいた。彼女は、ぼくがこの世界で探し求めていたツキに違いなかったからだ。ぼくがツキと呼ぶのを聞いて、彼女はちょっと怪訝そうに顔をしかめたけれど、でも否定はしなかった。もし彼女がこの世界ではツキという名前でなかったとしても構わない。彼女はツキに相違なかったし、ともかくもツキと呼ばれることを受け入れてくれたのだ。そう思うことにした。
その白い部屋(どの部屋もすべてそうだったが)の中では、何もかもが稀薄だった。あまりにもそっけなく、あまりにも清潔すぎ、あまりにも空調が適度すぎた(ぼくは室内でただの一度も暑さや寒さを感じたことがなかった。気温を感じる感覚を失ったのではないかと時々恐怖を覚えたほどだ)。おまけに間接照明が均等に部屋の隅々まで照らして、眩し過ぎるところも暗すぎるところもない。小さなテーブルと、それを挟んで椅子が二脚向かい合わせに設置され、ぼくと彼女はそれぞれの椅子に腰掛けていた。
「どうしてこの部屋には窓がないんだ?」ぼくは気になっていたことを尋ねた。
「気が散らないようによ。面談室で話をするときは、わたしの声や表情だけに注意を向けてほしいの。この部屋は初めてだったわね? でも、すぐに慣れると思うわ」
「だけど、窓もなくて、いったい何を話すというんだ? 外の天気がわからないだろう? 初対面の場合、誰だって最初はまず天気の話から始めるもんじゃないのか? だけどここには、大陽も雲も風も星もバオバブも何にもない……」
「だいじょうぶ、もうあなたは話し始めている、充分すぎるくらい。それに、話題が尽きた時は、無理して話す必要もないわ。もし沈黙が気詰まりなら、わたしが何か話してもいい。……それで、バオバブって?」
この部屋では、彼女の視線だけが環境のすべてだ、それが設計者の意図したことなのだろう。ツキが説明したとおり、他のことに気を取られるということはなかったが、でもそれでは少し緊張を強いられすぎる気がした。もうちょっとリラックスできれば、もっと自分の言いたいことがはっきりするように思えるのだが。
「バオバブは、ぼくらの家だ。覚えてないのか? ぼくらは大きな樹木の洞で暮していた」
「ぼくら? ぼくらって……わたしとあなたがってこと?」
「そうだよ」
ぼくは彼女の眼の奥を探った。本当に何も覚えていないのだろうか。彼女の眼の中に、ほんのわずかでもぼくと同じ記憶の閃きがあれば……そう願って、ぼくは彼女の大きくて形のよい瞳を覗き込んだのだが、結局何も読み取れなかった。
「ごめんなさい、O、言っていることがよくわからないわ。もう少し、バオバブについて話してもらえるかしら。そしたら何か思い出すかもしれないから」
ツキはそう言ったが、ぼくはその言葉を信じなかった。ぼくに喋らせるためだけに言ったことだとわかったから。それでぼくは失望の色を浮かべたらしい、そしてツキはその表情を見逃さなかった。
「ごめんなさい。でも、聞きたいわ、バオバブのこと。よかったら、話してくれないかな?」
「……いいけど、でもきっと長くなるよ」
「いいのよ、どんなに長くても。……でも、もしあなたが疲れているんだったら、また明日にしましょうか?」
「そうだな、それがいいかもしれない」
ぼくは部屋から連れ出され、長い廊下を通って(この廊下も白一色だった)、自分の部屋へと連れていかれた。ツキはさっきの部屋に残り、ぼくに付き添ったのは別の人間だった──痩せて、無口で、少し年老いた感じのする背の高い男。ぼくらは押し黙ったまま、両側に一定の間隔でドアが並ぶ通路を歩いた。通路は緩やかにカーブしているため、先が見通せないようになっていた。
幾つものドアの向こうには、それぞれの住人がいるはずだった。互いに異質な世界が隣り合って並んでいるのだと考えると、目眩がするほど奇妙だが、しかしこれは真実だ。それぞれの部屋は独立した世界、あるいは宇宙と言ってもいい、全く別々の、マルチヴァース。そしてぼくもまた、そのような宇宙の一つ、自分の世界を持っていた。
だが少なくとも廊下に面したドアだけは、それぞれが全くの無個性で、互いに区別が付けられなかった。異質の宇宙を閉じ込める手段としては、これが最も完璧に近い方法なのだろう。だがこの廊下は、均質すぎて自分の位置が把握できない、もう何度も同じ場所を周回しているような気分にさせられた。
もしこれが無限の回廊なら、これは夢なのだと確信できるのに──ぼくはこの廊下を歩くたび、そう思わずにはいられなかった。だがこの全くリアリティを感じさせない迷宮じみた通路は、おそらく有限の筈だ。床に傾斜はなく、どこまでも水平だった。そして、緩やかで一定の曲率を描いている。これは有限の証左である──もし無限なら、廊下は直線でなければならない筈だからだ。
やがて付き添いの男が黙って立ち止まり、ひとつのドアを示した。いつまでたってもぼくには区別できない自分の部屋のドア。
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Tail-Lagoon @ 06:46
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2009/01/25(日)
ある日神様はひとつの宇宙を創造した。宇宙は何もかも完璧だった。その宇宙には、やがて神の姿に似た知性体が出現する予定だった。
神様が見守っていると、思惑通り知性体が出現した。神はその知性体をアルファと名づけた。
アルファは増殖し、繁栄し、文明を発展させ、やがて驚くべきことに(といっても神様は全知全能ゆえ、最初からそうなることを見越していたので、本当は驚きはしなかったが)神の真似事をし始めた。つまりアルファは、実験室の中で自らも宇宙を創造したのである。
神様はその様子を黙って見守り続けた。
アルファが創造した宇宙の中でも、やはりアルファに似た知性体が生まれた。ベータと名付けられたその知性体は、アルファより幾分か劣る種族であったが、それでも実験室の宇宙の中で繁栄し、増殖し、文明を発展させ、そしてアルファの真似をして、自らの実験室において宇宙を創造した。もちろん、神様が直接創造したアルファ宇宙とは比ぶべくもなく見劣りする宇宙ではあったが、そこでもやはりベータに似せた知性体が生み出され、これはガンマと名付けられた。
このようにして、次々と宇宙が創造され、知性体が生み出された。
そして……
オメガは、プサイによく似ていたが、しかしその不完全さときたら、まったくもってアルファとは似ても似つかない生き物だった。傲慢で欲深く攻撃的で不安定だった。
神様はオメガの姿や行いを見てひそかに嘆いた。なぜなら、この醜い生き物は神自身の創造物ではないとはいえ、間接的にはやはり神の創造物であることは確かだったから。あまりにひどい出来だったので、全能なる神様はその権限において、この不細工な宇宙とオメガをすぐさま消し去ってしまおうかとも考えた。
しかし神様はそうはしなかった。
神様は全知ゆえに、放っておいても、いずれオメガが勝手に自滅してしまうことをご存知だったのである。
Tail-Lagoon @ 00:19
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2008/12/04(木)
先の見えない航海をしている。
目的地も寄港地もわからない航海。
これはつまり、漂流であり遭難ということか。
だからそんな航海に付き合って同じ船に乗り込もうなどという者もない。
それでも、風が吹けば帆を張り、帆が破ければオールを漕ぎ続ける。
それ以外、できることもやるべきこともないのだから。
いつか水平線の先に島影が見えてくることを信じつつ。
Tail-Lagoon @ 09:35
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2008/11/10(月)
この世界には多くのフラクタルな入れ子構造が見られるという。
では、「意識」についてはどうだろう。われわれの意識もまた、フラクタルな入れ子構造を持つものだとしたら?
フラクタルは、部分が全体の相似形であり、どの部分を拡大しても、そのミクロな範囲に全体と似通った構造を発見できるというものだ。
各部分はそれぞれ単独で全体を表現し、なおかつ、全体に接続することで、より大きな要素の一部を構成している。
意識がこのような階層構造を持つものだとしたら、どのようになるだろう?
われわれは、自身の意識を、単一で完全なものとして認識しているが、もしかしたらわれわれの意識もまた、より小さな意識の集合体であり、かつまた、より大きな意識の一部として機能しているのかもしれない、ということになる。
そして、各レベルにおける意識は、それ自身が属するレベルの領域内しか認識できない。知りようがない。
意識とは、ネットワークであり、つまり組織化された構造様態のことである(と仮定する)。そのようなネットワークが構成できさえするのならば、それを構成する素材が何からできていようと、それは問題ではない。どんな物質から作られていようが構わない。それが原子のネットワークだろうと、炭素分子の複雑な化合物から成り立っていようと、あるいは炭素ではなく珪素化合物だろうとも。
つまり、意識とは所謂〈生物〉だけが持つ特権ではない、ということになる。
複雑なネットワークを構成可能なものならば、どんなものでも、意識を持ちうる可能性があるのだから。
そこで、更にこういう仮定をすることが可能になる。われわれ人間が属するこの宇宙は、それ自体で非常に大きく複雑なネットワークを構成しているように見える。だとしたら、果たしてそこに意識はあるのだろうか、と。
もしかしたら、たとえわれわれには認識できずとも、宇宙意識なるものが、存在するのではないだろうか。
これは、ある意味、宗教的な感覚に近いのかもしれない。つまり、太古より人間が思い描き、畏怖してきた大いなるもの、神の存在、それこそまさしく、宇宙意識にほかならない、という思い。
人間の意識は、より高次の意識を正確に知ることはできないから、極めて不完全な形でしか(つまり、よりわれわれ人間に近い形でしか)宇宙意識というものを想像することができなかったが、漠然とその大いなる存在を予感していた、というようなことは言えるかもしれない。
宇宙という大きなネットワークは、途轍もなく大きな意識を構成している。だがもちろん、神(人間の想像した)が人間に関与するような仕方で、宇宙が人間に関与するようなことはないだろう。人間が自分の細胞のひとつひとつを意識しないように、宇宙もまた、その細胞であるわれわれ人間の存在など、気にも留めない筈だ。われわれの意識と、宇宙意識とは、互いに埒外にある。
だがそれでも、われわれの意識もまた、そのフラクタルな構造によって、宇宙意識のある一部分を構成するものである以上、全くの無関係というわけではなく、全く何の交流も交感も生じない、というわけでもないだろうと思う。
Tail-Lagoon @ 00:00
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