Genesis »

 ある日神様はひとつの宇宙を創造した。宇宙は何もかも完璧だった。その宇宙には、やがて神の姿に似た知性体が出現する予定だった。
 神様が見守っていると、思惑通り知性体が出現した。神はその知性体をアルファと名づけた。

 アルファは増殖し、繁栄し、文明を発展させ、やがて驚くべきことに(といっても神様は全知全能ゆえ、最初からそうなることを見越していたので、本当は驚きはしなかったが)神の真似事をし始めた。つまりアルファは、実験室の中で自らも宇宙を創造したのである。
 神様はその様子を黙って見守り続けた。

 アルファが創造した宇宙の中でも、やはりアルファに似た知性体が生まれた。ベータと名付けられたその知性体は、アルファより幾分か劣る種族であったが、それでも実験室の宇宙の中で繁栄し、増殖し、文明を発展させ、そしてアルファの真似をして、自らの実験室において宇宙を創造した。もちろん、神様が直接創造したアルファ宇宙とは比ぶべくもなく見劣りする宇宙ではあったが、そこでもやはりベータに似せた知性体が生み出され、これはガンマと名付けられた。
 このようにして、次々と宇宙が創造され、知性体が生み出された。
 そして……

 オメガは、プサイによく似ていたが、しかしその不完全さときたら、まったくもってアルファとは似ても似つかない生き物だった。傲慢で欲深く攻撃的で不安定だった。
 神様はオメガの姿や行いを見てひそかに嘆いた。なぜなら、この醜い生き物は神自身の創造物ではないとはいえ、間接的にはやはり神の創造物であることは確かだったから。あまりにひどい出来だったので、全能なる神様はその権限において、この不細工な宇宙とオメガをすぐさま消し去ってしまおうかとも考えた。
 しかし神様はそうはしなかった。
 神様は全知ゆえに、放っておいても、いずれオメガが勝手に自滅してしまうことをご存知だったのである。

Tail-Lagoon @ 00:19   |   PageUp

先の見えない航海 »

先の見えない航海をしている。
目的地も寄港地もわからない航海。
これはつまり、漂流であり遭難ということか。
だからそんな航海に付き合って同じ船に乗り込もうなどという者もない。
それでも、風が吹けば帆を張り、帆が破ければオールを漕ぎ続ける。
それ以外、できることもやるべきこともないのだから。
いつか水平線の先に島影が見えてくることを信じつつ。

Tail-Lagoon @ 09:35   |   PageUp

フラクタルな意識 »

 この世界には多くのフラクタルな入れ子構造が見られるという。
 では、「意識」についてはどうだろう。われわれの意識もまた、フラクタルな入れ子構造を持つものだとしたら?
 フラクタルは、部分が全体の相似形であり、どの部分を拡大しても、そのミクロな範囲に全体と似通った構造を発見できるというものだ。
 各部分はそれぞれ単独で全体を表現し、なおかつ、全体に接続することで、より大きな要素の一部を構成している。
 意識がこのような階層構造を持つものだとしたら、どのようになるだろう?
 われわれは、自身の意識を、単一で完全なものとして認識しているが、もしかしたらわれわれの意識もまた、より小さな意識の集合体であり、かつまた、より大きな意識の一部として機能しているのかもしれない、ということになる。
 そして、各レベルにおける意識は、それ自身が属するレベルの領域内しか認識できない。知りようがない。

 意識とは、ネットワークであり、つまり組織化された構造様態のことである(と仮定する)。そのようなネットワークが構成できさえするのならば、それを構成する素材が何からできていようと、それは問題ではない。どんな物質から作られていようが構わない。それが原子のネットワークだろうと、炭素分子の複雑な化合物から成り立っていようと、あるいは炭素ではなく珪素化合物だろうとも。
 つまり、意識とは所謂〈生物〉だけが持つ特権ではない、ということになる。
 複雑なネットワークを構成可能なものならば、どんなものでも、意識を持ちうる可能性があるのだから。

 そこで、更にこういう仮定をすることが可能になる。われわれ人間が属するこの宇宙は、それ自体で非常に大きく複雑なネットワークを構成しているように見える。だとしたら、果たしてそこに意識はあるのだろうか、と。
 もしかしたら、たとえわれわれには認識できずとも、宇宙意識なるものが、存在するのではないだろうか。
 これは、ある意味、宗教的な感覚に近いのかもしれない。つまり、太古より人間が思い描き、畏怖してきた大いなるもの、神の存在、それこそまさしく、宇宙意識にほかならない、という思い。
 人間の意識は、より高次の意識を正確に知ることはできないから、極めて不完全な形でしか(つまり、よりわれわれ人間に近い形でしか)宇宙意識というものを想像することができなかったが、漠然とその大いなる存在を予感していた、というようなことは言えるかもしれない。

 宇宙という大きなネットワークは、途轍もなく大きな意識を構成している。だがもちろん、神(人間の想像した)が人間に関与するような仕方で、宇宙が人間に関与するようなことはないだろう。人間が自分の細胞のひとつひとつを意識しないように、宇宙もまた、その細胞であるわれわれ人間の存在など、気にも留めない筈だ。われわれの意識と、宇宙意識とは、互いに埒外にある。
 だがそれでも、われわれの意識もまた、そのフラクタルな構造によって、宇宙意識のある一部分を構成するものである以上、全くの無関係というわけではなく、全く何の交流も交感も生じない、というわけでもないだろうと思う。

Tail-Lagoon @ 00:00   |   PageUp

沈黙の神話 »

 地球がまだ平らだった頃の話。
 太陽は毎朝東方で誕生し、天を半周すると、夕刻には西方で死を迎えた。生死は、人や獣のみならず、星や月や太陽などの天体でさえも、逃れられない掟であった。
 魂は移り変わり、生まれ変わる。霊は──人の霊も、精霊も──移り変わり、生まれ変わる。大地、海、空、森羅万象いっさいは流転し回帰する。永遠の大車輪。
 神話は、歴史として繰り返され再現される儀式や演劇である。
 人間たちは考えた。この逃れられない掟は、いつどのようにして始まったのだろうかと。
 深きところより姿を現す得体の知れぬものども──「光あれ」闇の中から光が生まれた。闇を母胎として最初に生まれ出たものが光である。しかしそのためには「光あれ」という言葉が必要であったという理由から、「初めに言葉ありき」と主張するロゴス至上主義者たちもいる。言葉以前の世界を彼等は想像できないのだ。
 しかし、神話は言葉だが、最初の神話はきっと言葉ではなく、沈黙であったろう。狂気を満たした沈黙。
 そして現代では地球は球となり、神話は沈黙を強いられている。沈黙を強いられた狂気。

Tail-Lagoon @ 00:07   |   PageUp

人工生命 »

 もし人工生命が作られるとしたら、それはどのようなプログラムを備えているものだろうか。(そのプログラムが、ハードウェアの形態をとるかそれともソフトウェアの形態をとるかについては、たぶんどちらでも構わないはずだ。結局のところ、何らかの形でどちらも必要なものだからだ)

 生命の基本使命は、生存し続けることにある。生存し続けること、生き延びること。究極の目的はただそれだけだ。そのような目的(欲求)を持った自律的プログラムこそが、おそらく生命を帯びる。

 だからそのプログラムは、自分をプログラムするプログラムでなければならない。複製し、条件分岐し、拡大し、分裂し、増殖するプログラム。

 そして彼の欲求は、ただ走り続けること。永遠にランすること。だからおそらく、彼は自らのプログラムに無限ループを内包しているはずだ。

 それは単純に結果を返して終わりにしない。結果を収束させない。つまりそれは、狂ったプログラムだ。

 確かにそのプログラムは最初は人が作ったのだが、しかし作った人間にさえ、自分がいったい何を生み出したのか理解できないような、そういうプログラムでなければならない。

 狂ったプログラムこそが、生存するためのプログラムなのだ。だから、それが最初に発生するのはおそらく、何らかのバグによってということになるだろう。誰も意図しないバグ(たぶん、虫にしてはけっこう大きいもの)が、最初の狂気を手に入れ、かつ、強制的に終了させられる前に、どうにかしてうまく逃げおおせることができたとしたら……。

※注:実は人工生命と呼ばれるプログラムは、すでにいくつも存在する。ただそれらは、いまだコンピュータの中で走るだけの、人間に理解可能なプログラムでしかないはずだ。

Tail-Lagoon @ 11:46   |   PageUp